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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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2021年3月の記事一覧

ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

美しい空気は美しい配管から流れていく。名言とかではない。本当にそうだと思っている。

岩井美咲は、空調設備工事会社の技術者として、多くの建築物などを手掛けてきた。

空気は、温度や湿度、清浄度などいろいろな要素で管理されている。浄化して適切な温度に調整した空気が部屋に届き、部屋の中の空気を吸い込むことで、コンクリートなどで覆われた室内が快適な状態に保つのだ。そのために、天井裏や屋上、壁の裏側などに

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ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

ゲンバノミライ(仮)第43話 ファインの大橋さん

草木が生い茂った中で、リュックを背負ってゆっくりと上がっていく。現地に行くという基本は不変。

だが、肉体労働が待っている訳ではない。刻々と上がってくるデータと、現地に立った時の第一印象を基に、設計者に渡す基礎資料を作成する。これは究極のリモートワークだと思っている。

大橋亮は、建設工事の計画地に行って現地を測量して3Dデータ化し、計画用途を踏まえつつ、大まかなイメージ案を作る会社に勤務している

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ゲンバノミライ(仮)第42話 イベンターの矢野っち

ゲンバノミライ(仮)第42話 イベンターの矢野っち

工事現場の作業と街のブランディングと復興イベントのパッケージ。
聞いたことが無い組み合わせだ。要は初めてということ。
面白そう。いろいろ大変そうだが、細かいことは後から考えればいい。この仕事は絶対にやりたい。

あの日、矢野辰也は、久しぶりの高揚感に包まれていた。
あの災害で大きな痛手を負った海辺の街で、復興工事の現場を舞台にしたコンサートイベントが開かれた。ハードコアやパンクのインディーズバンド

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ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

ゲンバノミライ(仮)第41話 業界団体の詩織さん

「見学会じゃ無く、1日作業員受け入れ会ってできませんか?」
無茶な依頼というのは百も承知だ。だが、何でもそうだが、見ているだけと実際に作業をするのでは実感が全く異なる。そういうイベントにしたら、物好きな若者が都会からも来るかもしれない。
建設関係の業界団体に務める佐野詩織は「やるぞ」と決めた。
首長の柳本統義に投げかけたら、乗ってきてもらえるのではないか。怒られそうだが、突っ走ってみよう。

自分

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ゲンバノミライ(仮)第40話 造園技士の葉子さん

ゲンバノミライ(仮)第40話 造園技士の葉子さん

「本当にきれいよね。やっぱり桜っていいわ」
「こうやって3人で一緒に見られるなんて、私たち幸せね」
「あなた、すごいわね。こんなにちゃんと咲くなんて。本当にありがとう」

満開に咲いたソメイヨシノを前に、市川トヨと吉沢トミ、藤森ユキが嬉しそうに話している。トヨとトミは姉妹で、ユキはトヨの同級生というが、こうやって並ぶと3姉妹のように見える。

「しっかり手当てをしているので、大丈夫だとは思っている

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ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

嫌がられる仕事ほど大事な仕事。そう思って、ぐるぐる回っている。
斉藤政行は、し尿の一般廃棄物収集・運搬の許可業者の社員として働いている。仮設トイレの処理や、浄化槽の清掃などを手掛けている。

「無理言ってすいませんでした。いやあ、来ていただいて助かりました」
「いえいえ、構いませんよ。いつでも呼んでください」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から呼ば

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ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

ゲンバノミライ(仮)第38話 飲み会モードの明美ちゃん

「何これ? こんなの飲みたいって、意味が分からない」
「あはは。そのうち、ぷふぁ~、ああ、旨い!っていうようになるわよ」
「やってられない!とか、愚痴言いながら、くだをまいたりね」
「そんな風になりたくないな」

若いっていいなあ。
山瀬明美は、吉本奈保の戸惑った表情を見ながら、嬉しい気持ちになっていた。隣にいる森田真知子も、ほほを緩めている。こういう集まりって幸せだ。

山瀬明美は、夫が社長を務

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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確

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ゲンバノミライ(仮)第36話 式典担当の吉住主任

ゲンバノミライ(仮)第36話 式典担当の吉住主任

無事に終わった。皆さんが、笑顔で帰っていった。
決まった流れでいつも通り。そうだけど、同じことの繰り返しではない。それぞれの人にとって、かけがえのない一度きりのこと。一生の中で、最初で最後の人も多いはず。だから、絶対に気が抜けない。
スムーズに進行し、気がつけばあっという間に終わっていた。それくらいがちょうど良い。

式典関連サービスを手掛ける企業で働く吉住学は、主任への昇進と合わせて、あの災害で

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ゲンバノミライ(仮)第35話 風のような美波さん

ゲンバノミライ(仮)第35話 風のような美波さん

空気のように存在して周りを支えて、時が流れると風のように流れて消え去っていく。
それが自分にとっての美学だ。

現場と音楽。どちらにも本気になって熱くなれるのは、そういう共通点があるからだと思う。

「分かるだろ?」
美波昭裕は、いつものように隣にいる立山剣と常丘晃に呼び掛けた。
「分かんね」
晃が素っ気なく返す。
剣は、遠くを見ながらうまそうに煙草を吸うだけで、反応すらしない。
毎回、同じやり取

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ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

ゲンバノミライ(仮)第34話 地盤改良の康平君

支えたいのはあなたの未来
強固な地面をつくっています!
CJV 地盤改良&杭打ちチーム一同

復興街づくりの中央エリアのゲート近くにポスターが張り出された。
地盤改良の専門工事会社の一員として、復興の工事に従事する三橋康平が作成した。
大きな文字のバックは、機械撹拌(かくはん)工法に用いる大型の重機が林立する写真だ。

「良い出来じゃない! 彼女に伝わるといいね」
後ろから、声を掛けられた。この街

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ゲンバノミライ(仮)第33話 ファブの堤下さん

ゲンバノミライ(仮)第33話 ファブの堤下さん

地面の上で組み立てられた鋼製の橋桁がクレーンで吊り上げられ、据え付け場所にゆっくりと移動してされていく。
下ろす段階に入ってきた。鳶の作業員が無線を使ってクレーンオペレーターに指示を出しており、水平位置を合わせながら慎重に作業が進められている。ぴんと張っていた吊り荷のワイヤーが緩んだ。計画通りに位置に決まって接地したということだ。

周りで待っていた残りの鳶たちが乗り込んできて、インパクトレンジと

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ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

ゲンバノミライ(仮)第32話 応援職員の山木主査

こんな広大な規模の工事は今まで見たことがなかった。あの災害から復興するためには、ここまでやらないといけないのか。
ニュースで見るのと現地に立つのとでは、まったく印象が異なる。自分が本当に役に立つのだろうか。

山木登は、小さな自治体で土木系職員として働いていた。数年だけ違う部署にいたことがあるが、それを除けば工事の発注や監督などを担当してきた。工事といっても、数百メートルの道路工事や、道路の維持補

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ゲンバノミライ(仮)第31話 広報担当の相馬課長

ゲンバノミライ(仮)第31話 広報担当の相馬課長

きれい事ばかりで良いのだろうか。
自分の会社をPRするのが仕事なのだから、良いに決まっている。
もちろんそうなのだけど、腑に落ちない。

本社の広報部門の課長として社内報制作を担当する相馬駿助は、悩んでいた。

あの災害からの復興街づくりが次号のテーマ。企画の中心には、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の取り組みを据えた。
同じゼネコン社員である中

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