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ゲンバノミライ(仮)第40話 造園技士の葉子さん

「本当にきれいよね。やっぱり桜っていいわ」
「こうやって3人で一緒に見られるなんて、私たち幸せね」
「あなた、すごいわね。こんなにちゃんと咲くなんて。本当にありがとう」

満開に咲いたソメイヨシノを前に、市川トヨと吉沢トミ、藤森ユキが嬉しそうに話している。トヨとトミは姉妹で、ユキはトヨの同級生というが、こうやって並ぶと3姉妹のように見える。

「しっかり手当てをしているので、大丈夫だとは思っているのですが、こうやって花開くとほっとします」
森永葉子は、造園会社で働く技術者だ。復興街づくりの全般を担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で、職長として造園作業のメンバーを率いていた。
造園工事と言うと、いわゆる植木屋さんのイメージを持ちがち、実態はかなり異なる。1本1本の木々はもちろんのこと、さまざまな植栽や石、ブロック、タイルなど自然の物と造形物を組み合わせてトータルで仕上げるため、総合力と想像力が求められる。

土木工事の側面も多く含まれているが、例えば、コンクリート構造物は人間が構築した段階で一定の完成を見る。だが、樹木の場合は、植え付けた時は次のスタートのタイミングでしかない。その土地の気候や生態を考えながら、工事が終わった後に、長い間、育ってもらわなければいけないのだ。

石などは、1個1個、形や大きさが異なる。そうした物がきれいにおさまって、全体として美しい修景を生み出さなければいけない。子どもが立ち入って遊ぶこともあるので、安全な形に出来上がっていることも必須条件だ。

中でも、細心の注意を払う必要があるのが移植だ。工事に伴って、大事な樹木を残そうと移植が求められるケースは多い。そうした木には、いろいろな人たちの思い出が詰まっている。新天地に移ったが故に枯れてしまうようなことがあってはならない。森永は、多くの現場で経験を積んできて、上級職長の資格である登録造園基幹技能者を持っている。そんなベテランでも、緊張する作業となる。

森永は、移植を頼まれた時には、関係する人から話を聞くように心がけている。他人から見たら周りと同じ1本の木であっても、当人にとってはかけがえの無い宝物。そういう気持ちを少しでも共有することが、良い仕事につながると思っている。

今回の主役は、トヨとトミ、ユキだった。
あの災害が起きるもっと前にも、この街は自然の猛威に襲われていた。あの災害と同じように街全体が飲み込まれ、多くの犠牲が出た。トヨたち家族は高台に逃げて一命を取り留めたが、木造だった家屋は跡形もなくなった。

「どこが誰の家で、どこに何があったのか、何にも分からなくなったんだ」
「こんなことがあるんだって、あまりの恐ろしさで、私はあまり覚えてないんだよね」
「トミは、こんなもんだったから仕方ないよね」

父親を先導に、トヨやトミは自分たちの家があった辺りをさまよい歩いた。その時に目に入ったのが1本の桜の木だった。
「あれ、うちの木じゃないか!って。ほんとにびっくりしたんだ」

程なくして、トヨたちの父は、丘の中腹に住む吉沢家を頼って移住することを決めた。
その時に、父が「トヨもトミももこの木みたいに絶対に生き残るんだぞ」という思いを込めて移植したのだ。

吉沢家の人たちは、トヨたち一家を喜んで迎い入れた。畑を切り開き、何とか食べられるようになった頃には、桜は立派に成長し、春には見事な花を咲かせるようになった。

トヨは吉沢家の次郎と、トミは長男の太郎と夫婦になった。そして子どもが生まれ、家族が増えていった。だが、不便な場所での農業は時代と共に難しくなっていく。一人二人と巣立っていき、年長者から亡くなっていくにつれ、集落の賑やかさは失われていった。
そして、あの災害を契機に、丘に展望公園が整備される構想が浮上した。トヨとトミは、かさ上げされた後に建設される復興住宅に移り住むことを決めた。

子どもたちが駆けずり回ったころも、恋が生まれた時も、悲しい別れに直面した時も、春になれば桜の花が集落を彩ってくれた。
かつての災害を生き抜いて、丘に移ってからもしっかりと根付き、新たに生まれ変わる街に再び戻ってくる。

「この街は、これからも続いていく。この桜はそんな象徴なんですね」
「難しいことは分からないけれど、この桜が元気でいてくれると、私たちもなんか元気になるんだよね」
「不思議よね」
「そういうのって、いいですね」

あの災害のことを聞くと、いつも涙が出てしまう。でも、3人のやり取りを見ていると笑顔が花開く。人って、か弱いけれど、強い存在。そんなことが頭に浮かぶ。

大事な桜の木だから、移植作業をする時に3人に来てもらって、作業を見守ってもらった。あの時はまだ外構工事の途中だったから、仮設テントを用意した。
その時に、「あなたも一緒にお花見しましょうよ」と誘われた。
森永は、「いいんですか! 嬉しいです。約束ですよ!」と即答した。復興プロジェクトの造園作業が終わって違う地方の現場にいたとしても、駆けつけようと思った。

今日、無事に花見が実現した。3人とも以前と同じようにお元気だった。毎日、楽しくおしゃべりしているそうだ。
今日のためにおそろいのワンピースを買いに行ったそうだ。3人並んだお花見コーデが見事に似合っている。

「幼い頃はそんな余裕なんてなかったわよ」
「贅沢しちゃったわね」
「こうやって並んで座っていると、昔を思い出すわね」

生活を取り戻しつつある街に、桜以上に満開の笑みがこぼれていた。

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