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小説

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#短編

SS『私と共に生きるもの』

SS『私と共に生きるもの』

前作『校舎はどこかに繋がる』で【暴風】というお題でコラボさせて頂きましたkiiさんの絵の作品に小説をつけさせて貰いました。

「誰が初めに言ったのだろうね、桜の木の下には死体が埋まってるだなんて」

 先生はテスト中に外を見てそっと呟いた。窓際最前列の席の私にしか聞こえないようなその優しい声は、体育科の先生とは思えないものだった。

 数学をカリカリと解く空間は、嫌悪感と諦めで満たされている。これ

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SS『校舎はどこかに繋がる』

SS『校舎はどこかに繋がる』

【お題『暴風』】

 風が止んだのはその一瞬だけだった。君は笑っていた。窓際で僕を見てる。
 臨時休校になった校舎の中で、僕は帰ることが出来なかった。雨にも負けず一生懸命登校したというのに、社会は無慈悲に到着してから休校を告げる。
 ローファーの中は水没していて、僕は歩く度に水たまりを作る。
 帰ればいい。
 帰ればいいのだけど、来た時よりも強くなった雨と風の中を疲れ果てた体で駆け抜けることが出来

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SS『山は秘密基地』

SS『山は秘密基地』

あたかも入ってくださいかと言っているような木の間を通り抜ける。そこだけは草も生えずただ土がむき出しに、人を誘う。

誰もが自分だけの秘密基地だと思っていた場所は、さすがに荒れ果て自然の占領場となっていた。

もういいよ。

声が聞こえる。それはきっと麓の神社で遊ぶ子供たちの声。立ち止まり、耳をすませばたくさんの音で溢れている。木がぶつかる。草が揺れる。笑い声。飛行機の通過。なにかの唸り、そして、心

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SS『ネ申』

SS『ネ申』

 俺は壁に背をつけている。目の前を男が通り過ぎ、パソコンに何かを打ち始めた。冷たいという感覚もなく、俺はそこにいる。アラーム音が体の中の空洞に虚しく響いていた。

 その日、俺はいつも通りターゲットの家に向かっていた。誰にも気づかれることなく、ぬらりと侵入する。調べた通りならば家主はシャワーに入っているはずだった。やけに静かな部屋。転がっている死体。一見、自然死のような綺麗な遺体には、喉仏に刻まれ

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SS『26日まであと5分』

SS『26日まであと5分』

 仕事はまだ終わらない。今日で何連勤だろうか、なんて疑問はできるだけ持たないようにする。有線ではクリスマスソングしか流れてないのに、クリスマスである実感が無くなって何年経っただろう。
 年末の忙しさに何故クリスマスという行事が盛り上がるせいで、こんなにもやりたくないことをやらされる。
 閉店作業を終えて、寒いだけの街に戻る。都会はきっとイルミネーションでクリスマスを感じるのだろうけれど、僕が生きる

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SS『空を飛べ』

SS『空を飛べ』

君は何も分かってない。

望は最後にそう言った。チクチクとした心をそっと怒りで包んで、泣きそうな自分を隠した彼女は、いつものお店でコーヒーを一杯買った。それはいつもより苦く感じたらしく、零して白いブラウスが汚れ舌打ちをしていた。

同時刻、碧は温泉に入っていた。日頃はシャワーで済ますから、熱いものに包まれること自体が新鮮であった。顔が赤くなり、緩く、何も考えていないようだった。サウナに入って、どこ

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SS『電車の中の平穏』

SS『電車の中の平穏』

きぃきぃと音が鳴っている。低音が体の中を走る。視界は白とグレーの間。駅が現れては消え、また現れる。斜めに切れたようなマンションを見て、『日射権』というどっかで習った言葉を思い出す。色つきの不織布マスクをしてる人に高貴さを感じて心も視界と同じ色になる。

男の人が半ズボンを履いている。その足は年老いた大木を思わせた。隣に座るかつては老婆と言われ、社会が長生きすることに慣れたからおばちゃんと形容するよ

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短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

短編『離れがたい』【1週間限定無料公開中】

【おにロリ(お兄ちゃんとロリータ)アンソロジーに寄稿した作品】

 愛情なんて知らない。僕の愛情なんて、他者からしたら気持ちの悪いもので、犯罪として扱われる。別に普通にその子のことが好きなだけなのに、世間的に居場所がないから僕の愛情は消し去ったほうがいいらしい。

 幼い女の子が好きだ。

 小学生以下の女の子。ランドセル姿だって素敵だと思う。でも、それよりももっと幼い子になんとも言えない感情が湧

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SS『彼岸花の秘密』

SS『彼岸花の秘密』

みなさんご存知の通り、彼岸花の時期がやってきました。なので、今日は彼岸花の使い方を教えようと思います。

さて、さすがに君たちが一切の知識がない、とは思ってないのですが、改めて1からお伝えしようと思っています。よろしいですか?

みんなのお父さんお母さんもこの時期は人間の国に3日間ほど滞在しています。

お分かりの通り、彼岸花はあっちの世界との通路なのです。使い方は簡単。それぞれ割り当てられた彼岸

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短編『ラブホの間違い電話』

短編『ラブホの間違い電話』

 大きく伸びをした。冷たいシーツを感じながら、ベッドに寝ころんだままの裸の私は布団から顔を出した。恵太朗さんの肌が触れ合っているところだけ少し湿っていて、離れようとすると吸いついたものが徐々に取れるような感覚になる。割と私の一部となりつつある恵太朗さんは、私を抱きしめながら眠っている。

 枕元にコンドームと並べて置いたはずのスマホを手探りで探す。画面をつけて、あれ。
「しーちゃん、どうしたの?」

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SS『もう少しだけ青い』

SS『もう少しだけ青い』

大きな交差点で私は立ち尽くしたくなった。車窓から見えたその交差点は六叉路で、横断歩道なんてなかった。ただ、車が行き交う上を幾つもの歩道橋があるだけ。

日頃から、私はなんてちっぽけな存在なんだろうと思っているけれど、夕焼けが赤く染っていたら綺麗だと思うし、海を見ると広いなぁと思うのだから何も考えていないも同然だった。

ものとして運ばれる通勤快速は、私の一部となり得るだろう。地球の足の指の間みたい

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SS『朝焼けと目が合う』

SS『朝焼けと目が合う』

 ふと目が覚めた。頭だけではなく、体までも覚醒していて、いつもの憂鬱な目覚めとは何かが違っていた。体にかけていたはずのタオルケットはお腹だけを守ってくれている。夏の焦燥が私を襲うけど、まだ寝ていても許される時間のはずだ。枕もとのスマートフォンをつけて、通知を確認する。そしてそれらを無視してロックをかけた。その時思い出す、私は時間を確認したかったのだと。だからもう一度あけて五時前であることを見つめた

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SS『夏は痛む』

SS『夏は痛む』

 遠い場所からあの騒々しい音が聞こえる。かと思えば、すぐ隣から耳を刺す。大合奏ではなく、各々が勝手に暴れているだけで、心は踊らない。暑さに心がやられ始めた。
 夏はいつだって私を包む。そして、そのまま圧迫して消し去ろうとする。出来る限り抵抗をするのだが、それでもやっぱり痛みが襲う。
 あっちぃ。
 私は一人、学校の最寄り駅とは名ばかりな十五分間の灼熱を歩きやめたところだった。このままでは溶けてなく

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小説『もう醒めない』

小説『もう醒めない』

 視界が赤かった。それは信号の止まれであり、渋滞中の車のテールランプであった。夜の街には赤色が唯一の光のように思えた。
私は屋上にいた。闇の中にいたせいで、ここがどこか分かっていなかった。でも、ここはビル街であり、気付いていなかっただけで明かりはたくさんあった。都会の夜は明るいのだと思った。
室外機の上に座っていると、隣からカップルと思しき二人組の歓声が聞こえた。広い屋上には五組の男女

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