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③テディベアにルーズソックス【万華鏡、暁】


颯爽と自転車に跨り、目的地を告げず漕ぎ出した彼女についていく。
「カップルの2ケツとか有り得なくない?」
「何ですか、それ。」
「後ろに乗っけて、」
「違反ですよね。」
ぶつくさ言う背中を追い掛けて、下り坂の後に辿り着いたノスタルジックな戸建てが、姫愛の家だと気付き息を呑んだが、庭先で女の子と視線がぶつかり、ほっとする。
「また鍵忘れたの?あ、妹の瑠華(るか)ね。小学生。こっちは泰直で、高校の友達。」
パステルカラーのランドセルを抱える、華奢な少女が近寄って、紹介された。


兎も有れ、僕との間柄は知り合いでないらしく、喜びを噛み締める。我ながら単純。
両親と祖父母が留守中の部屋に招き入れるとは大胆、などの考えは白熱のゲームを以て吹き飛んだ。
「姫愛は使ってるキャラが強いだけ!」
「初心者の癖に。」
「おー、盛り上がってんな。」
不意に現れた男性の一言にたまげてコントローラーを膝に落とす。
うっかり時間が経つのを忘れてしまった。
彼を〈おじいちゃん〉と呼ぶには抵抗がある。
聞きしに勝る若さ、忽ちのうちに集まる家族、夕飯をご馳走になり、父のみ職業柄、今回は顔を合わせず温かい雰囲気に包まれた。


「泰直くん。いつでもおいで。」
「瑠華、お兄ちゃん欲しかったもん。」
「待ってるからさ。」
このように優しく言葉を掛けられ、感極まって涙を堪える。僕が通常通りに帰宅せずとも、スマートフォンにはメッセージさえなかった。
彼女の母は未だにギャルでSNSが人気だそう、羨ましく思い、ただいまの返事がない清らかなマンションに苛立ちを覚える。


やがて暇があれば連絡を取り、姫愛と過ごすようになった。
そして分かったことは、誰にでも親切にする。
同級生の雑用を手伝うのみか面倒な仕事に追われる教師の愚痴を聞いて、生徒から恐れられる〈鬼の関ドン〉とは特に仲が良かった。
あちらが担当している授業つまり体育は苦手な科目で、もしも叶うならばやりたくない、運動音痴には最悪の行事をいかに乗り越えるか、知恵を絞る。
「文武両道でいいよね。きっと注目浴びてモテちゃったり。」
「パパとママみたく出会えるかな?」
「うーん。」
空き教室にて話を振ると、引き戸から関戸(せきど)先生が覗き見ており(ってどんな駄洒落)、反射的に頭を下げた。


僕らの関係は当然ながらあっという間に恋人同士と勘違いされ、校内でイチャつくのは止めろ、ぼっちの陰キャ、どうせ遊ばれる、外野がうるさい。
こちらの悪口は兎も角、彼女を傷付ける発言には勘弁できなくて、相手に掴み掛かる。
緊張感が溢れ、辺りは水を打ったようだった。
「俺、殴ったら停学かも?大好きな姫愛ちゃんが泣いちゃう。」
「……気安く呼ぶなよ。」
「はい、そこまでにしとけ。」
爆発寸前で関戸先生が割って入り、睨みを利かせた。否応無しに握り潰される。
されど、おかげで親を巻き込む程の騒ぎにならなかった。たかがネットの何やかや、大人に機敏な対応で守られて恩に着る。


大切な友を庇うべく血迷った僕は子供だと痛感し案の定、周りに疎まれた。学校へ行きたくない、私服のまま、ぬいぐるみのジローくんをリュックサックに押し込んで、自宅を出る。
小さい頃〈パパ〉と楽しんだ、あの場所で思い出に浸ろう。と、スマートフォンの着信音が鳴って、あめひ、の電話を受けた。

「おはよう。ごめん今日サボるわ。」
「駅ら辺にいる。ウチも一緒、迎えに来て。」
揃って欠席すればまたもや冷やかされる。
最早どうだって良い、改札口付近に佇む素っぴんを伊達眼鏡で隠すジャージ姿の姫愛は水色と白のコーディネートを儚げ、綺麗と表して、その台詞を遥か昔より待ち望んでいたように感じた。


午前9時過ぎの電車に揺られて、本音を語り合う。
「初めに説教食らったんだよね。関ドンが、そんな格好したいなら校則変えてみろって。あと何でか高校時代の自分と泰直が重なる、ぶっちゃけウチらを放っとけなくて困ってた。」
「テディベアのジロー、次郎くん。僕の元お父さんなんだ。ほら、ここ数年色々あったし、田舎に帰って。今の、新しい人が会うのダメ、お母さんを苦労させた男だと。確かに。けどさあ、離婚の時点で選べる年齢だったら、意思の尊重?育てた方を取るのにな。弟、複雑。」

「どこ住んでんの?新幹線か特急は?」
遠足気分の彼女は行き先を変更したがる。
結局は終点まで乗り換えなかった。
テーマパークはおろか、実父のもとにも向かわず。知らない街を散策して、写真に収める。


何もかも捨て、逃げたかった。
ただ、振り向き様に微笑む姫愛を、悲しませてはいけない、と思い改める。
「次こそ計画立てて出掛けなきゃね!」
憂鬱な人生が宝石のように輝きを放った。

さておき、制服着用で登校した筈の息子とエレベーターで鉢合わせた母が額に皺を寄せる。
「なお。女の子じゃあるまいし、可愛らしいファッションは控えなさい。そろそろお父さんに叱られる。」
こういうものが好き。僕の名前は泰直だよ、お母さん。あなたの嫌いなやつが付けた〈やす〉を、愛せなくても。
自己主張の少ない僕がやっと胸中を打ち明けた。


教室に入りづらくとも性根を据えて毎朝、挨拶し続ける。無視されるのは慣れており、あいつを敵に回せば終了、自分で蒔いた種だろう。
厳しい現実も、定期テスト前に引っ繰り返る。クラスで一番勉強が出来る僕を頼りに、囲まれた。
「教え方上手い。」
「あっ、ありがとうございます。」
よぺも泰くんに習ったら?初恋まだで、姫ちゃんと付き合ってないよ、アイドルみたい。」

鋭い一瞥を投げられ、息詰まる。
彼とはあからさまに険悪な仲、わざと波風を立てたとしか考えられなかった。
「誰が泰直なんか。」
軽く遇らわれたにも拘らず愉快で、机に突っ伏して顔を綻ばせる。

僕の高校生活は始まったばかり。
些細なことを懐かしむ日が、いずれ訪れる。


★全3話になりがちです🧸🌺
片仮名が多いタイトルと対照的な副題で、ふたりを表現しています。


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