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①テディベアにルーズソックス【古、面影】



物心が付く頃には〈パパ〉との思い出ばかりだった。うちでは母が働いて、家事をこなし息子の面倒を見るのは父、それだけ。
いつでも目線を合わせて全力で遊んでくれるような、どちらが子供なのか分からない、あの人は仕事が長続きせず僕を巡ってのいざこざが増えていき、とは知らなかった(当時は)。

突然、引き離されて
「今日からママと暮らそうね。」
と言われても僕は父に会える日を楽しみにして、無邪気さが母のプライドをズタズタにするなど考えもしなくて、誰かと電話中に
「ホント、別れた旦那みたいでどうしてもかわいいと思えないの。」
聞いてしまい、積極的に手伝って、好かれるいい子を演じる。
ただ、容姿は彼女と瓜二つで、つまり逆効果だ。


父に話すことで何とかバランスを保つが、数年前に母が再婚を、しかも新しい命が…振り回されるこちらの身にもなってくれ…時勢柄、会いにくい上に〈お父さん〉が嫌がる。顔色を窺いつつ、かつてテーマパークで買って貰った、キャラクターのぬいぐるみを捨てられずに僕は16歳の誕生日を迎えた。
ジローくん、主役がぼっちでケーキ食べてるのってどう、これ。」
切り分けられた甘ったるいカロリーの塊と、お馴染みの封筒には普段より多めの小遣いが入っており、隣からは楽しげな声が聞こえる。


継父との関係が悪い、母は弟の育児に掛かり切り、そもそも愛されていなかった。
理想の住まい、駅前に聳え立つ新築分譲マンション、眺望がきく3LDK、広やかな自室を与えられ、大学生になったらこの一見して美しい箱庭を出て行くと決め、ようやく高校に通う時、歳を重ねる。
残念ながらどこぞの作品と異なる為、ジローくんは喋って動いたりしない。
延々とぬいぐるみに向かって独り言を放つ僕は友人さえおらず、さて昼休みをどのように過ごそうか、ぼんやり考えた。


「なんて読むの?下の名前。」
「あっ、や、泰直(やすなお)、です。」
「ふうん。」
あいつの口癖は分かり易くて敬語を使う、と小馬鹿にして鼻で笑った同級生は全員どうでも良い、ではなく
「原作が面白いから。」
「そのアイドル、僕も推してる!」
双方の話題に混ざることが可能だが、頭の中で描いたようにはいかず、友達を作り損なって廊下側の席で寝た振りをする。


実に虚しい日々を送り、居場所探しの古びた校内巡回が今後も繰り返されるのだろうか、胃痛に襲われて屈み込む。人影のない、すぐそこは屋上への階段、立ち入り禁止の看板が見えた。
「ねー。先生呼ぼっか?」
幻聴と思えば金髪の天使が飛び降りて現れる。ベージュのカーディガンに大きなリボン、短いスカートとルーズソックス、踵を踏んだ靴、焼けた肌や過度な化粧、平成にタイムスリップしたかの如く、僕は彼女を知っていた。
〈絶滅危惧種〉のギャル・姫愛(ひめあ)。

「い、いえ!結構でふっ!」
語尾を噛み、勢いよく立ち上がりふらつき、恥ずかしさやら諸々の事情によって、急いで場を去る。悠久の年月を経た学校にて、違反のオンパレードな生徒が入試の成績でトップだった、と噂が流れて、まさか負けた相手に助けられたくなかった。


こっそり欠伸をしたショートホームルームの直後、窓際が賑わっている。視線を集める者は決まり切った、優遇される姫愛。
「うーわ。遅刻なのに鬼の関ドンと仲良さげに歩いてる。」
「親もここ通ってたらしい。」
「素っぴんひどいでしょ。」
「令和な?」
「別のクラスで安心。」
一様に言いたい放題、いじめられるかも知れない?笑わせるな。
やはり関わらなくて正解、変に目立ってしまう。


問題は約1時間の暇潰しであり、図書室に行っても空き教室を見つけても何故か出くわす、もしやあちらも独りぼっちでは。
ところが例の階段に座り込み、華やかなキャラ弁を優しい眼差しで眺める、嗚呼、彼女は僕と違った。
ダイニングテーブルの上にぽつんと置かれた食費、ディスコミュニケーション、本当はかわいいものが好き、淡い色に染まった部屋を〈お父さん〉に否定されて、母の幸せを壊さぬように涙を呑んで、弟にのみ愛情が注がれ、ひたすら存在感を消したけれども、少し自由に生きてみたい、最初の一歩を踏み出して、姫愛に声を掛ける。


「えっと、なんか、」
「は?」
「邪魔ですよね、ごめんなさい!」
とはいえぬいぐるみ以外との対話は難しい、咄嗟に再び逃げてしまった。明日こそは、
待ちなよ。
背後から呼び止められて、振り向くのが、怖すぎる。


★短編の連載です☂️いずれ書きたかったキャラクターを組み合わせました。


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