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KILLING ME SOFTLY【小説】128_死ねない魔法

とはいえ、やはり私が前に進むには夏輝とコンタクトを取るべきだ。腹を括り千暁にメッセージアプリで思いの丈を綴れば、彼は至極真っ当な返事をする。

『は?莉里さん、もうボロボロっしょ。自殺未遂どころか殺されるよ、やめとけ』『決着つけたいの』『少なくとも今は違う。ひとりよがりなのぶつけたら夏輝がやってきたことと変わんなくね?火つけて縁切られて追い込まれてんのに、構えるの?頭冷やして考え直しな』


帰宅後にシャワーを浴びただけの冷え切った体が震え、掛け布団を握り締めて呻き声を上げた。
じゃあ、どうしろってんだよ。


それはさておき。
冬の匂いを連れた風に悴む早朝は年末の始発を独り占めして睡魔と闘う。エナジードリンクでは補えない憂鬱な気分も勤務先の映画館に入るとマシになった。


静寂に包まれ、特有の空気を漂わせ、敷き詰められたカーペット、これからここへたった1本の作品を楽しみに訪れるであろう人、ポップコーンを零す子供、流れる予告編、細かい上映スケジュール、無限に広がる世界が眠ったまま私を迎える。


もしあの街に逃げなければ魔法使いやヒーロー、〈何にでもなれる〉素晴らしさを知る由もなかった。想像を膨らませながら清掃を済ませる。



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