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KILLING ME SOFTLY【小説】29_百十円の映画にならぬ恋愛

宿泊先を出て1時間弱は駅周辺を散策したが容赦なく体温を奪い去る冬風に負け、結局は映画館へ籠って過ごすこととなる。
当然ながら全国どこにでもある娯楽施設、しかし一歩踏み入れた瞬間に漂うポップコーンの香ばしい匂いに惹かれ、ずらりと並ぶポスターを眺め、どの作品を観るか悩んだ。


最初は一番人気のアニメを鑑賞する。次に昼食を挟み、眼を休めた後は興味もなかったホラーに挑戦して、背筋が凍り恐れ慄く。
今夜も単独で睡眠を取るのにも拘らず〈怖い方〉に飛び込むとは、何と愚かなのだろう。
口直しのベタなラブストーリーでは登場人物を自分と千暁に重ね合わせ、涙を流す始末。


その千暁は豊さんと共に自宅での映画鑑賞を趣味の1つとしている。反対に私はといえば、母親の帰宅を待ちながらテレビにて放送されるものを闇に包まれた部屋で寂しく見つめるなど嫌な記憶ばかり、ましてや劇場は試写会の仕事かデートの際に足を運ぶ印象が強かった。


だが、本日で打って変わって、固定観念が覆された。意外にも面白く、気分転換に最適ではなかろうか。スクリーンを通して様々な人生を楽しみ、考えさせられたり、彼らと同じ失敗をせぬよう学ぶ。まさに今のズタボロな精神状態においてはいい薬となり、更には周囲の視線も気にならずライブのチケット代より格安ときた。


是非とも新たな趣味にしよう、千暁と内容をあれこれ共有したい。主に首と目が疲れたとしても充実感を覚える。
どこか、フェスの帰り道と似ていた。



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