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習作

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いつか短編〜長編小説に書き直す予定の習作群(5000字程度)
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記事一覧

短編小説「I hate Chopin」

短編小説「I hate Chopin」

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リエと明が会うのは、誰かの葬儀と結婚式、秋に親戚が集う芋煮会の時だった。彼らは、同い年のいとこ同士だった。明には妹が居たが、生後3ヵ月で死んでしまった。明が6才の時だった。明は、小さな棺から漏れ出る煙を見て、
「燃えちゃうの」
と両親に訊いた。母親は答えず、父親が煙ではなく冷気だと教えた。塊に触ろうとする明の手を父が掴んだ。
「火傷するぞ」
明は質問に疲れ、黙った。
「ドライアイスって言うん

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短編小説「盲腸線より南へ」

短編小説「盲腸線より南へ」



その町は、県庁所在地から1時間程鈍行に乗り、本線と枝分かれした単線の終着駅が最寄りだ。国道を横切り、山道を南下すると桝井の妻、玲音が幼少時に過ごした町へと着く。発端は、些細ないたずらだった。冬、夫婦で生牡蠣を食べてあたった。2LDKに1つしかないトイレを占拠する玲音に憤った桝井は、公衆トイレから静かに帰宅するとトイレのドアをゆっくり叩き、音ひとつ立てないよう留意して出掛け、堂々と帰宅した。リ

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短編小説「ドロシー・イン・フラノ」

短編小説「ドロシー・イン・フラノ」

打ちつける真夏の通り雨を拍動が幾度も追い払おうとしている。ミラは、略喪服の7分丈を捲り下ろした。後部座席からミラは、制服を着た壮年の運転手に祖父の面影を見出そうと空港から粘ったが、それはあまりにも難儀な話だった。運転手は、滑らかな手指に、華奢でひんやりとした質感の肌を持っていた。彼は、見渡しても誰もいない町道を交通違反の取り締まりばかり警戒し、信号を遵守、法令速度で走った。記憶の中の祖父、久は偉丈

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短編小説「うろんなふたり」

短編小説「うろんなふたり」



受付の女が、やけに親切だった。

名前を告げると、立ち上がり、手鏡をくれ、ネクタイの緩みを直してくれた。栗田は、前髪を整え、サイドを耳にかけた。その女は、栗田の上着に洋服クリーナーを一通り掛け終わると、栗田を所長室へと通した。女は履歴書のコピーを取る必要があると言った。渡す時に見た桜色の爪が、いかにもデスクワークの人間らしいと栗田は思った。

栗田が大学院を中退したのは、2年前の冬だった。災

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短編小説「アコンカグア」

短編小説「アコンカグア」

マドンナが、こんな所へ居てはいけない。

箱崎の元へ、実家から母校のタイムカプセルの掘り起こしを兼ねた同窓会の招待状が転送されてきたのは先月下旬のことだった。箱崎家は墓を持たない。だから、お盆に帰省したことなど無かった箱崎だったが、なにしろ金が無い。帰れば足代として幾分かは貰えると思い、箱崎は往復切符を買った。東京に留まる熱烈な意志があるわけでは無かったが、出張手配時の癖でそうしていた。

「家に

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短編小説「複眼」

短編小説「複眼」

浜辺で金草履を片方見つけたと聞いた。懐中電灯が海を向けて置かれていたから間違いないと久我は言った。

久我は、日曜のミサを終えると司に手を引かれて僕の家へとやって来る。今日は、漁師の信徒からもらったマグロの目玉をジップロックに詰めてやってきた。茹でこぼしてから、生姜と砂糖と醤油で煮て冷やし、自分に煮凝りを食べさせろということらしい。夕食まで間に合うように、持っていってやろうとは思う。

司は、春に

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短編小説「きれぎれに、とぐろまいて」

短編小説「きれぎれに、とぐろまいて」



昨日、牡鹿を狩った。おとといは兎、その前は鶉を。

早くしないと、妻が哀れでならない。私は初心者ではない。今日、鹿を捌いて喰いたい訳でもない。妻よりもデカければそれで良かった。

妻は、異教徒の祭りの夜、バスタブで死んでいた。一通の書き置きを私の書斎に残して。私は、妻の律儀さに頷いた。

妻は、私を試そうとしている。もうすぐ、妻が発注した寸胴鍋と、業務用の強アルカリ洗剤が届くはずだ。本当に融

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短篇「吸血鬼の子守唄」

短篇「吸血鬼の子守唄」

ローズバイオレット、キナクリドンバイオレット、コバルトバイオレット、ジオキサシンバイオレット、モーブ 、淡口錆桔梗 。

どの紫も、あの紫ではない。

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その人は、赤と青の絵の具を混ぜても、そう易々とは、思い描くような紫色を作れないことを教えてくれた。

その人はよく、部活を終えた私を塾に連れて行くため、校門にオレンジのポルシェを停めて待っていてくれた。
私は、恥ずかしいから母のマーチで来て欲

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