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短編小説「ドロシー・イン・フラノ」
打ちつける真夏の通り雨を拍動が幾度も追い払おうとしている。ミラは、略喪服の7分丈を捲り下ろした。後部座席からミラは、制服を着た壮年の運転手に祖父の面影を見出そうと空港から粘ったが、それはあまりにも難儀な話だった。運転手は、滑らかな手指に、華奢でひんやりとした質感の肌を持っていた。彼は、見渡しても誰もいない町道を交通違反の取り締まりばかり警戒し、信号を遵守、法令速度で走った。記憶の中の祖父、久は偉丈
もっとみる短編小説「うろんなふたり」
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受付の女が、やけに親切だった。
名前を告げると、立ち上がり、手鏡をくれ、ネクタイの緩みを直してくれた。栗田は、前髪を整え、サイドを耳にかけた。その女は、栗田の上着に洋服クリーナーを一通り掛け終わると、栗田を所長室へと通した。女は履歴書のコピーを取る必要があると言った。渡す時に見た桜色の爪が、いかにもデスクワークの人間らしいと栗田は思った。
栗田が大学院を中退したのは、2年前の冬だった。災
短編小説「アコンカグア」
マドンナが、こんな所へ居てはいけない。
箱崎の元へ、実家から母校のタイムカプセルの掘り起こしを兼ねた同窓会の招待状が転送されてきたのは先月下旬のことだった。箱崎家は墓を持たない。だから、お盆に帰省したことなど無かった箱崎だったが、なにしろ金が無い。帰れば足代として幾分かは貰えると思い、箱崎は往復切符を買った。東京に留まる熱烈な意志があるわけでは無かったが、出張手配時の癖でそうしていた。
「家に