私の核となりそうなもの

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2019を振り返って

やっと年末年始の休暇に入ったというのに、私ときたら3日間寝こけていて、今日になって色んなまとめを書き出した。それだから全部が少しずつになっているような気はしないではないけれど、とりあえずやってみる。帳尻合わせの得意な私らしい年末だ。

そもそも今年はnoteを始めた。自分の溜まっていく内面を書くつもりでいたら、すぐに昔の事を思い出せなくなってしまって、結果価値観が変わっていく私の進行形の悩みが多く

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私の中の女性の話

私の中にはかっこいい女性がたくさん刻まれているから、無意識レベルで私もそうなりたいと思っているのかもしれない。

例えば今最新刊で話題の十二国記の陽子とかベルサイユのばらのオスカルとか。

凛々しさとか国を変える意志の激しさみたいなところが結構好きで、ひた向きに努力できることも含めて私の中の大事な部分なんだと思う。

そういうことを考えるときに、やっぱり私は女性なんだなと思う。同性だという意識が芽

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ねえ、聞いて。私が少しだけ勇気を出せた日の話。

「あの方は男性?女性?」

そんな話題がお昼休みの真ん中で出される。当然のことのようにざわざわと話が進んでいく。

確かに外見と名前で判断しづらいような方ではあった。何となくXジェンダーという言葉もよぎったが、名前とか服装とかお手洗いとかそういう行動を見た私が思っただけで本当のところは分からない。

「戸籍の性と学校とか会社で名乗る性が違う可能性もありますし、そもそも本当のところご本人がどちらに感

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塵になった言葉たちへ

私たちの間に交された無数の言葉たちは一体どこに流れていったのだろう。

昨日に続いて、私の自我を芽生えさせた人の話だ。私の半身。落ち込んでいるという自覚があるからこそ、この人以外の話が出来ない。この人以外の言葉が降りてこない。

私の部屋の奥、学生時代使っていたハートがちりばめられた少々愛らしいカバンの中にその一部があることを分かっていて、それでも開けられない。所謂交換日記みたいなやつ。SNSが発

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ありがとうございます
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私は自分が体験したことしか信じられない、そんな人間だ。嫌なことも辛いことも全部私の中に生きている。

昔は優等生だった私の話をしよう。

すごく厭味ったらしい書き出しになっていることは百も承知だ。よく考えたら、よく考えなくても分かることかもしれないけれど、私が体験したことやせいぜい見聞きしたことぐらいしか私は書けないのだから、ないものねだりをしたって仕方ないと開き直り始めた。

私が優等生だったのは小学生までで、それより後は基本的に普通以下の落ちこぼれだったりもする。

勉強が出来ないと思ったこと

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自我の強すぎる私の恋愛に関する悩みごと

普通の会社でよくあるように働いている。少し特殊性はあるけれど、なんというかめちゃくちゃやばいところでもめちゃくちゃすごいところでもない本当に日本中のどこにでもありそうな会社。そう言うところに身を置いてみると、前々からうすうすと気が付いてはいたけれど、この社会は恋愛と結婚と家族が当たり前になることが多い。多すぎるといってもいいくらい。ちなみに肌感覚だが、次点が飲食なので酒を飲まず食は最低限の私はこの

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私は男性になりたいという気持ちと決別し、女性にならなくてはという気持ちとも離れて、歩き始めた。

毎日のnote投稿をはじめて100日が経った。100日目には私のジェンダーに向き合おうと思っていたから、とりあえずその日まで来れてよかった。

私は今まで生きてきて自分の性別を本当に良く悩んだ。自分が男性なのか女性なのか本気で分からなくなったこともあるし、男性として扱われたかったこともある。それでも近年は振り返ってみれば、なんとなく私は女性だろうなと思うようになっていた。



小学生の頃には、

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「わかる」と簡単に言わないようにしようともう一度決めた日のこと

朝、ちゃこさんのこちらの記事を読んだ。あ、これは書かなければという気持ちが降りてきた思い出があって、インスピレーションを受ける形で書いてみる。私の読解力での私の話で恐縮だが、書こうという心を揺さぶられたことを記憶しておきたく、勝手にお名前を出させていただいている。



私は少し前まで教育の現場にいた。その時の話。
性同一性障害の女の子(生まれの性は男性)が時折顔を見せてくれることがあった。

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「おつかれさま」と「がんばります」を名一杯叫ぶ私の話

ここ数日、緊張の波でいっぱいいっぱいだったが、ついに解放された。

私は何故だか物事を壮大に捉えてしまう癖がある。普通なら一回転して止まればいいところを、二回転半まわって求めている方向とは逆に歩んでいることがたびたびある。「あ、もっと手前の段階の話だった」と私が気が付けば修正は出来るし、気が付かなければ会話が食い違ったまま終わる。基本は不器用なのだ。

今日はそんな私の性質を全開にしていってしまっ

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私という存在はどうでもいいけれど、私は私が見た話をしたい

初めて短編小説を書いた時がいつだったのか覚えてはいないが、課題として小説を出したのは中学生の頃だった。景色が見えなくて、何度も何度も書いているうちに、視点が混濁して、一部死者視点のまま課題を出した。恥ずかしいことに今も現物が手元にある。

私という一人称が幼い頃からあまりにも俯瞰で物を見すぎていたために、どこが一人称なのか他人との境目が分からなかったという方が正しいのかもしれない。

私の根幹は人

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