富士田

1000字前後のなんのことでもない話

富士田

1000字前後のなんのことでもない話

記事一覧

池袋

空だった。最初に映し出された空の映像はやたら長く続いた。これ、いつまで続くんだろう、という思いが一度訪れて、しばらくして去って行き、また訪れる。というのを何度か…

富士田
13日前
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泥の研究

泥の研究と書かれた、表札とも看板ともつかない木の板をぶら下げた門柱の脇を抜けて背の高い雑草の生い茂る庭のおぼつかない石畳をたどると、草をかき分けかき分けして随分…

富士田
2週間前
1

ルポルタージュ

いくらでも嘘をつくことはできたのに、青臭い苦味の後悔が舌の付け根を締め付けるようだった。乾燥した砂埃を舞い上がらせる無数のランニングシューズの不規則な雑踏の中に…

富士田
1か月前

アキネーター、あるいは神秘的な夜の出来事

「ブルーベリージャムが床にこぼれていた」 「それが君の怖い話?」 「はい、そうです」 「それは、いつ、どこで見た光景?」 「何日か前、もしくはずっと昔の子供の頃かも…

富士田
2か月前

先生

人妻は汗ばんだ額や首筋に布地を押し当てて肌色の汗を染み込ませた。普段よりいくらか荒い呼吸は熱く湿っている。布地は視界の果てまで限りなく続いていた。シルクか木…

富士田
2か月前

今すぐ自転車に乗りたい男

ここに「今すぐ自転車に乗りたい男」というタイトルの小説が存在する。それは主に日本語を用いた文章によって構成された数十頁ほどの短編小説だった。著者が男性であるのは…

富士田
3か月前
2

無題

ここにとある一人の男があるとしよう。その男はごく普通の生活を送っているとしよう。男は道端で小銭を拾う。それは百円玉であったとしよう。その時男の頭上には春先のよく…

富士田
3か月前
2

最後の女

目出し帽を被った男たち。男たちに目出し帽以外の着衣は無い。露出した陰茎を見てしまった。男たちは横並びに整列し皆一様にそれを奮起させている。つまり勃起している。右…

富士田
4か月前

ボーイ・ミーツ・ガール

春の風が無神経に吹き付けて、傷心の俺を嘲笑った。都会のアスファルトは今日も硬い凹凸を見せびらかしてくる。わざとらしい街路樹もいやらしい高層ビル群も、何もかも…

富士田
5か月前

古い地鳴り

見栄えの悪いショートケーキがテーブルの上に並んでいる。同僚の妻は照れくさそうな顔で見た目は不格好ですけど味は美味しいですよ、よければ是非と言った。私は酷く欲情し…

富士田
7か月前
1

彼女ができた話

友人に彼女ができた。 僕が写真を見せて欲しいと頼むと、彼はにこやかにスマホを叩き、ほい、とこちらに画面を向けた。それは髪を乱し白目をむいて眠っている女性の…

富士田
7か月前
7

無題

秋晴れはすぐに暮れてしまった。本来ならまだ働いている時間にも関わらずほとんど夜の街を歩いてるのと変わらない気分だった。 午前中だけ働いたので代謝が上がって…

富士田
8か月前

かなり長い廊下

かなり長い廊下がある。そこにいる観客の一人一人はみな受付で金を払って入場した者たちである。しかしそれぞれが支払った入場料はまちまちである。なぜならここは支払った…

富士田
9か月前

ビクッとなって朝終了

ぼんやりと起きてスマホを触っているとあと1分でアラームが鳴ることに気がついた。あと1分、といっても画面上部に表示された8:29はあまりにも不確かで、およそ1分以内…

富士田
9か月前

教会(境界)

とにかく、私に知らされているのは私があの場所に一人で倒れていたこと。そして、あの場所に居た私以外の人間の誰一人として現在その居場所が分からなくなってしまって…

富士田
9か月前

ガツンという衝撃

ガツンという衝撃があり、見ると十二分に焼けたパンだった。反射的に頭に手を当てると頭皮に鈍い痛みがある。地面に転がったパンは小ぶりなクッペのようだった。文字通り小…

富士田
10か月前
池袋

池袋

空だった。最初に映し出された空の映像はやたら長く続いた。これ、いつまで続くんだろう、という思いが一度訪れて、しばらくして去って行き、また訪れる。というのを何度か繰り返した。そんな風に時間が経過して行く。携帯や腕時計などは持っていなかったので、具体的にどれほどの時間が経過したのかは分からなかったが、ただひたすら空を映した映像が暗がりに煌々と続けられた。空の表情は様々に変化した。晴れ渡った青空や燃える

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泥の研究

泥の研究

泥の研究と書かれた、表札とも看板ともつかない木の板をぶら下げた門柱の脇を抜けて背の高い雑草の生い茂る庭のおぼつかない石畳をたどると、草をかき分けかき分けして随分歩いた頃、やっと勝手口らしき古びれたドアの前に着いた。アルミか何かでできたドアノブにびっしりとまだら模様の錆が広がっているのを見て、素手で触るのが躊躇われた。

玄関のタイルをつま先で叩くようにして靴底の溝に詰まった土塊を落とすと雑草の潰れ

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ルポルタージュ

ルポルタージュ

いくらでも嘘をつくことはできたのに、青臭い苦味の後悔が舌の付け根を締め付けるようだった。乾燥した砂埃を舞い上がらせる無数のランニングシューズの不規則な雑踏の中にいた。よーいドンと張り切った掛け声と乾いた火薬の破裂音を聞いて初めてこの人混みの正体を理解した。うねりとざわめき、文字通り波のように流れ行く人波に弄ばれ足がもつれておぼつかない。見るからに意地汚い中年の老眼鏡に歪んだこめかみの皺を見て、私は

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アキネーター、あるいは神秘的な夜の出来事

アキネーター、あるいは神秘的な夜の出来事

「ブルーベリージャムが床にこぼれていた」
「それが君の怖い話?」
「はい、そうです」
「それは、いつ、どこで見た光景?」
「何日か前、もしくはずっと昔の子供の頃かもしれません。何度も繰り返し思い出すので、この記憶がいつからあるものなのか、今となっては不確かです。……場所は、居間。実家の居間です」
「君がそれを恐怖した理由は?」
「夜だったんです。なかなか寝付けない暑苦しい夜でした。二階の自室から階

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先生

先生

人妻は汗ばんだ額や首筋に布地を押し当てて肌色の汗を染み込ませた。普段よりいくらか荒い呼吸は熱く湿っている。布地は視界の果てまで限りなく続いていた。シルクか木綿か学の無い人妻には分からなかったが、それは化学繊維だった。廊下はどこまでも限りなく続いていた。人妻の夫である私はそれを見ていた。

「仕方ないじゃない。汗だくで先生のところへ行くなんてできないわよ」

「ああ、分かってるよ。それに、先

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今すぐ自転車に乗りたい男

今すぐ自転車に乗りたい男

ここに「今すぐ自転車に乗りたい男」というタイトルの小説が存在する。それは主に日本語を用いた文章によって構成された数十頁ほどの短編小説だった。著者が男性であるのは確からしいのだが、それがいい歳して窓際と言って差し支えないような繁忙期などとはおよそ縁遠い閑散としたオフィスの片隅で勤務時間中にも関わらず私的行為に耽る冴えない中年男性によるものなのか、そうでないのかは分からない。ただそれが「今すぐ自転車に

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無題

無題

ここにとある一人の男があるとしよう。その男はごく普通の生活を送っているとしよう。男は道端で小銭を拾う。それは百円玉であったとしよう。その時男の頭上には春先のよく晴れた空に太陽が高く昇っているとしよう。男が百円玉を拾い上げようと腰を落とした時、太陽はゆっくりとその巨体を滑らせて地平の彼方へと沈んでいく。街は途端に夜のそれへと表情を変え、困惑するように家々に明かりが灯る。急激な温度変化のせいなのか、冷

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最後の女

最後の女

目出し帽を被った男たち。男たちに目出し帽以外の着衣は無い。露出した陰茎を見てしまった。男たちは横並びに整列し皆一様にそれを奮起させている。つまり勃起している。右端の陰毛が揺れて風が吹き左端の陰毛を揺らした。私はそれを、可視化された風の通行を目で追っていた。男たちの目線は私の身体に集約されている。まじまじと見つめている。少しずつ私の着る衣服が透き通っていくからである。今やスーパーのポリ袋ほど透明度と

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ボーイ・ミーツ・ガール

ボーイ・ミーツ・ガール

春の風が無神経に吹き付けて、傷心の俺を嘲笑った。都会のアスファルトは今日も硬い凹凸を見せびらかしてくる。わざとらしい街路樹もいやらしい高層ビル群も、何もかもが鬱陶しい。俺の心は見て分かるほどにささくれだっている。どうしてこんなことになったのか。俺は現在から過去を振り返ることにした。
俺が最初に思い出したのは、現在よりも数秒前の出来事だった。春の風が無神経に吹き付けて、傷心の俺を嘲笑った

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古い地鳴り

古い地鳴り

見栄えの悪いショートケーキがテーブルの上に並んでいる。同僚の妻は照れくさそうな顔で見た目は不格好ですけど味は美味しいですよ、よければ是非と言った。私は酷く欲情し、紅茶の入った繊細そうなティーカップをソーサーに置く手がやたらと震え、カチャカチャと音がなった。私はそれをとても美味しそうに頬張り、同僚の妻にとても美味しいですよと微笑みかけた。どうしてそうなったのかは全く分からなかったが、同僚は今や完全に

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彼女ができた話

彼女ができた話

友人に彼女ができた。
僕が写真を見せて欲しいと頼むと、彼はにこやかにスマホを叩き、ほい、とこちらに画面を向けた。それは髪を乱し白目をむいて眠っている女性の寝顔をこれでもかと低い角度で下から撮ったものだった。うわ、こいつ、と思った。友人はウソウソと言い、何度かスワイプしてちゃんとしたツーショットの写真を見せた。最近のスマホは高い。夜のシンデレラ城をバックに、友人の彼女はしっかり可愛く写っ

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無題

無題

秋晴れはすぐに暮れてしまった。本来ならまだ働いている時間にも関わらずほとんど夜の街を歩いてるのと変わらない気分だった。
午前中だけ働いたので代謝が上がっている。冷たい風はそれほど苦痛にはならない。チャリを転がしてモグラのように夜を掻いて行く。ちんたらとした歩みが好きだ。

職場の後輩がYouTubeを始めると言っていた。APEXの実況で配信者として成り上がるつもりらしい。本人は「

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かなり長い廊下

かなり長い廊下

かなり長い廊下がある。そこにいる観客の一人一人はみな受付で金を払って入場した者たちである。しかしそれぞれが支払った入場料はまちまちである。なぜならここは支払った入場料に応じて廊下を奥まで進むことができる決まりになっているからである。多額の入場料を支払えばより奥まで廊下を進むことができるのだがエリッツ・フィクセンドリはその時たまたま財布の小銭入れに入っていた数枚の硬貨のみを入場料として支払っていたの

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ビクッとなって朝終了

ぼんやりと起きてスマホを触っているとあと1分でアラームが鳴ることに気がついた。あと1分、といっても画面上部に表示された8:29はあまりにも不確かで、およそ1分以内であるということしか分からない。今この瞬間にもけたたましい爆音とともに振動を始め、私の穏やかな半覚醒状態は粉々に破壊されるとも知れない。脳味噌だけが音を立てるかのように高速で駆動し、瞬時にホーム画面に戻り設定とか時計とかマップとか

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教会(境界)

教会(境界)

とにかく、私に知らされているのは私があの場所に一人で倒れていたこと。そして、あの場所に居た私以外の人間の誰一人として現在その居場所が分からなくなってしまっているということです。
私の、この朧気で不確かな記憶があなたの信用に値するものなのかは分かりませんが、あの日のことを思い出そうとした時の薄暗い森を歩いているような得体の知れない不安や憂いを少しでも取り除くことができるなら、いくらで

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ガツンという衝撃

ガツンという衝撃

ガツンという衝撃があり、見ると十二分に焼けたパンだった。反射的に頭に手を当てると頭皮に鈍い痛みがある。地面に転がったパンは小ぶりなクッペのようだった。文字通り小麦色の体表から細かい破片や粉を散らしている。アスファルトに直でパンが転がっている様は存外滑稽だった。
どこから降ってきたのか、気になって背後を見上げる。まず薄曇りの秋の空を見上げてみたものの自分が馬鹿らしく乾いた笑いが口を衝いた。背後の雑居

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