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無題

ここにとある一人の男があるとしよう。その男はごく普通の生活を送っているとしよう。男は道端で小銭を拾う。それは百円玉であったとしよう。その時男の頭上には春先のよく晴れた空に太陽が高く昇っているとしよう。男が百円玉を拾い上げようと腰を落とした時、太陽はゆっくりとその巨体を滑らせて地平の彼方へと沈んでいく。街は途端に夜のそれへと表情を変え、困惑するように家々に明かりが灯る。急激な温度変化のせいなのか、冷たい風が男の首元をかすめて通り過ぎる。男は百円玉の端を中指と親指で挟むと、親指の腹を支点に中指の爪を使ってそれを少し浮かせて持ち上げる。太陽は満点の星空を劈くように焼け爛れた朝焼け空を携えて地平から無理やり顔をのぞかせると、無造作に元いた場所へ腰を据えた。春先の空はよく晴れている。このように太陽は男の一挙手一投足に呼応するように昇ったり沈んだりを繰り返すとしよう。男は拾った百円玉を交番へ届けるかもしれない。自動販売機で水の入ったペットボトルを手に入れ、喉の渇きを潤すかもしれない。そうしたいくつかの未来を思い浮かべてみたところで、太陽がその時一体どこへ行ってしまうのか、知ることなどできない。

私はいつもそれが果たして本当にそうなのだろうかと考えている。何をするにしてもそれらにまつわるいくつかの不安が脳裏をよぎる。それによって引き起こされる最悪のケースがありありと思い浮かぶ。それらは全て自らの行動に起因し弁明の余地もなく激しい叱責の格好の餌食となる。だから私は道端の小石を蹴らない。子供か犬に当たるからである。それらを引き連れる良心ある正当な大人の視線が私の善性を否定するからである。私は善き人でありたい。
人はみな無自覚にして悪徳にまみれている。他者を見下し笑いものにして差別しながら暮らしている。他者との比較競争を繰り返しヒエラルキーを形成する。自らのより良い暮らしのためには無数の他者を平気で蹴り落とすことも構わない。不用意に他者を脅かし傷つける。それでいて不都合な物事からは目を逸らし、好きな人のことだけを好み嫌いな人のことだけを嫌う。家族や友人を大切に思い、大切な人だけは大切に思いながらそうでない他者のことなど見向きもせずに排斥する。あたかも当然かのようなそうした態度には誠実さの欠片もなくひたすらに盲目的である。茹でダコのように上気した脳みそで必死に何かを責め立てる。そうすることでしか自身を守ることができない。いつか自分も責め立てられる時が来るのなら、せめてその時までは何かを責めていなくては損だと思っている。
お前はお前がまともであるとどうしてそこまで信じ込んでいるのか。誰かが開けた窓から毒の薬が空気中に漂って、鼻腔から血中へ。私はいつからそうしていたのか分からない。いつまでも鳴り止まない音楽が鳴り止んだ時、部屋と外との区別も無く、同じように私の形もどこかへ行く気がした。

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