富士田

1000字前後のなんのことでもない話

富士田

1000字前後のなんのことでもない話

最近の記事

無題

ここにとある一人の男があるとしよう。その男はごく普通の生活を送っているとしよう。男は道端で小銭を拾う。それは百円玉であったとしよう。その時男の頭上には春先のよく晴れた空に太陽が高く昇っているとしよう。男が百円玉を拾い上げようと腰を落とした時、太陽はゆっくりとその巨体を滑らせて地平の彼方へと沈んでいく。街は途端に夜のそれへと表情を変え、困惑するように家々に明かりが灯る。急激な温度変化のせいなのか、冷たい風が男の首元をかすめて通り過ぎる。男は百円玉の端を中指と親指で挟むと、親指の

    • 最後の女

      目出し帽を被った男たち。男たちに目出し帽以外の着衣は無い。露出した陰茎を見てしまった。男たちは横並びに整列し皆一様にそれを奮起させている。つまり勃起している。右端の陰毛が揺れて風が吹き左端の陰毛を揺らした。私はそれを、可視化された風の通行を目で追っていた。男たちの目線は私の身体に集約されている。まじまじと見つめている。少しずつ私の着る衣服が透き通っていくからである。今やスーパーのポリ袋ほど透明度となり次第に水に濡れたトイレットペーパーのように本来の形状を失い剥がれ落ちて行くよ

      • ボーイ・ミーツ・ガール

        春の風が無神経に吹き付けて、傷心の俺を嘲笑った。都会のアスファルトは今日も硬い凹凸を見せびらかしてくる。わざとらしい街路樹もいやらしい高層ビル群も、何もかもが鬱陶しい。俺の心は見て分かるほどにささくれだっている。どうしてこんなことになったのか。俺は現在から過去を振り返ることにした。 俺が最初に思い出したのは、現在よりも数秒前の出来事だった。春の風が無神経に吹き付けて、傷心の俺を嘲笑った。突風に目線を下げると都会のアスファルトが硬い凹凸を見せびらかしてくる。整然と立

        • 古い地鳴り

          見栄えの悪いショートケーキがテーブルの上に並んでいる。同僚の妻は照れくさそうな顔で見た目は不格好ですけど味は美味しいですよ、よければ是非と言った。私は酷く欲情し、紅茶の入った繊細そうなティーカップをソーサーに置く手がやたらと震え、カチャカチャと音がなった。私はそれをとても美味しそうに頬張り、同僚の妻にとても美味しいですよと微笑みかけた。どうしてそうなったのかは全く分からなかったが、同僚は今や完全に椅子となって私に上に座られている。そして同僚の妻が座っている椅子はどう見ても私の

          彼女ができた話

          友人に彼女ができた。 僕が写真を見せて欲しいと頼むと、彼はにこやかにスマホを叩き、ほい、とこちらに画面を向けた。それは髪を乱し白目をむいて眠っている女性の寝顔をこれでもかと低い角度で下から撮ったものだった。うわ、こいつ、と思った。友人はウソウソと言い、何度かスワイプしてちゃんとしたツーショットの写真を見せた。最近のスマホは高い。夜のシンデレラ城をバックに、友人の彼女はしっかり可愛く写っている。平日、昼過ぎの中央線は人がまばらで、冬晴れの陽気と適度な振動が心地よかっ

          彼女ができた話

          無題

          秋晴れはすぐに暮れてしまった。本来ならまだ働いている時間にも関わらずほとんど夜の街を歩いてるのと変わらない気分だった。 午前中だけ働いたので代謝が上がっている。冷たい風はそれほど苦痛にはならない。チャリを転がしてモグラのように夜を掻いて行く。ちんたらとした歩みが好きだ。 職場の後輩がYouTubeを始めると言っていた。APEXの実況で配信者として成り上がるつもりらしい。本人は「あくまでも趣味なんで」などと言うが、その目には労働への疲弊と嫌悪、そして名声への

          かなり長い廊下

          かなり長い廊下がある。そこにいる観客の一人一人はみな受付で金を払って入場した者たちである。しかしそれぞれが支払った入場料はまちまちである。なぜならここは支払った入場料に応じて廊下を奥まで進むことができる決まりになっているからである。多額の入場料を支払えばより奥まで廊下を進むことができるのだがエリッツ・フィクセンドリはその時たまたま財布の小銭入れに入っていた数枚の硬貨のみを入場料として支払っていたので他の観客に比べてもかなり手前までしか進めず他の観客の背中ばかりを眺めて侘しい気

          かなり長い廊下

          ビクッとなって朝終了

          ぼんやりと起きてスマホを触っているとあと1分でアラームが鳴ることに気がついた。あと1分、といっても画面上部に表示された8:29はあまりにも不確かで、およそ1分以内であるということしか分からない。今この瞬間にもけたたましい爆音とともに振動を始め、私の穏やかな半覚醒状態は粉々に破壊されるとも知れない。脳味噌だけが音を立てるかのように高速で駆動し、瞬時にホーム画面に戻り設定とか時計とかマップとかを詰め込んでいるフォルダを開き画面を半スクロールして時計のアイコンをタップし画面

          ビクッとなって朝終了

          教会(境界)

          とにかく、私に知らされているのは私があの場所に一人で倒れていたこと。そして、あの場所に居た私以外の人間の誰一人として現在その居場所が分からなくなってしまっているということです。 私の、この朧気で不確かな記憶があなたの信用に値するものなのかは分かりませんが、あの日のことを思い出そうとした時の薄暗い森を歩いているような得体の知れない不安や憂いを少しでも取り除くことができるなら、いくらでも話してみようと思える。いや、正確には話しておかなければならないと心のどこかで感

          教会(境界)

          ガツンという衝撃

          ガツンという衝撃があり、見ると十二分に焼けたパンだった。反射的に頭に手を当てると頭皮に鈍い痛みがある。地面に転がったパンは小ぶりなクッペのようだった。文字通り小麦色の体表から細かい破片や粉を散らしている。アスファルトに直でパンが転がっている様は存外滑稽だった。 どこから降ってきたのか、気になって背後を見上げる。まず薄曇りの秋の空を見上げてみたものの自分が馬鹿らしく乾いた笑いが口を衝いた。背後の雑居ビルの2階にパン屋の気配があった。壁面に設置された看板には「2F フカブンベーカ

          ガツンという衝撃

          渦潮

          行列かと思ったら複数の他人が一列に連なっているだけだった、とひどく酔っ払った女が言った。本当にそうであるのなら本当の行列がどこかに存在するのだろうか、と控えめに言ってみたのだが初めての平手打ちは昨晩の不確かな夢の続きのように思えた。 乗客の大半がそれぞれの酒に酔った下りの快速の一番端の車両にはその心地良さが滞留しているように思える。浮き足立って床に座り込む二人の男は髪の色を明るくしてそういうことを喋っていた。 前の前の駅でぶらりと下車したその男は次の次の駅のホームににこやかに

          黒い布団でごめんなさい

          いつだったか、昔読んだ怪談を思い出した。実家の家族共用のパソコンで読んだと思う。ホラー系のテキストサイトかなんかだと思う。タイトルは黒い布団でごめんなさい。思い出せる範囲で書いていく。 黒い布団でごめんなさい 空から黒い布団が落ちてきた。その日から僕の友達が何も喋らなくなってしまった。僕の友達はシューヤとヤスキとコウヘイの3人で、3人だけが喋らなくなった。僕は喋れるし僕以外の人たちも喋れる。3人だけが一言も喋らない。ずっと目をつぶったまま、学校に来て席に座ってそのまま6時間

          黒い布団でごめんなさい

          レシートという存在

          レシートとお釣りのお返しです。と彼女が言うので私はお釣りを財布に収めることにした。別にそれは特別なことではないし、取り立てて意識して行うような特別な行為ではない。しかし、その時の私はその瞬間、お釣りをトレイから掬い取るほんの数秒の間に、何らかの自意識が顕在化し私の胸中をざわめかせていることに気付いていた。それはなんとも居心地の悪い、せっかくの落ち着きのある内装に爆音のインディーズロックバンドのガレージロック調のがなり声をひっきりなしに流している趣味の悪い喫茶店に居るような、不

          レシートという存在

          なんか入場できんのだが

          フルボイスチャットログ 2137-14-06 展開開始 「エンハとシヴ寺院のマップ完凸したわ。海淵と合わせたら4時間くらい平気でかかってるけどこれでネロ杖と琥珀のコンボできるようになったから侵緑の裏ボス周回できる。やっとか」 「てか毒湿地のグースやばくね? 推しの配信で余裕で越してたから舐めてたけど無限放電からの3連リフォは壊れすぎだろ」 「そういやニューロンカップ準優勝チームのハーデ撹乱とシルバーフィードの同時打ち鮮やかすぎて配信見ながら拍手してたわ」 「てか今度の

          なんか入場できんのだが

          思い出すサマー

          「お前をこの街で一番エロい女にしてやるよ」 村一番のブサイクの村野は阿修羅と人間のハーフみたいな形のエッチな形のサボテンに向かってそう言うと熱烈に抱きしめてチューしたらしい。だから待ち合わせに遅れてやってきた村野は呪いを封じ込めてるみたいな量の絆創膏を至る所に貼り付けられ、自慢のタラコ唇をもっと腫らしながらプリプリとやってきた。 メインストリート日陰無い、といえば僕と村野の間で何度も擦られているあるあるで、遮蔽物のない灼熱の盆地の田んぼ道を僕らはメインストリートと呼んで憚ら

          思い出すサマー

          はってる

          「女の人の声で「はってる」って言うだけなんでしょ? それの何が怖いのよ」 彼女はそう言って僕の悩みを一笑に付した。 ベタな話だが、最近同じ夢を繰り返し見る。厳密には夢とも違うのかもしれないが、寝ようと思って布団に横になり目を閉じて寝ようとしつつもまだ意識のある少しの間、女の声が聞こえるのである。 「はってる、はってる… はってる」とか細い声で繰り返しされるそのフレーズに聞き覚えは無く、男友達は麻雀の話じゃない? などと茶化してくる。 この声が果たして実際に音として寝室に響い

          はってる