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エレベーターに乗り込む順番

    エレベーターに乗り込む順番について考えると、まず最初に乗り込んだ者はカゴの最奥まで入り込むことになるので自然と降りる時は一番最後に降りることになる。そして最後に乗り込んだ者は自ずと扉付近に立つことになり降りるのは一番最初になる。もちろん、乗り降り口が対面に二箇所設置された一方通行型のエレベーターに乗った場合や扉横の開閉ボタン付近に居る人が扉の開閉のために最後まで降りないでいるケースなどの例外は存在すると考えられるかもしれない。そうであったとして、それがなんだというのか、私には理解することができない。そんなある一部の例外のことばかりを考えるような取るに足らぬ不毛を取り立てあげつらうことになんの意味があるというのか。
    晩夏の湿り気を拭い去る冷たく乾いた風の中をいく列車の中で、前に立つ酷く酔ったサラリーマンはおもむろにその血の気の無い土気色の顔を上げこちらを見た。その双眸は、私の円形脱毛症を見た。その目の奥に濁る泥濘がふつと沸き、私はそれが堪らなくそれをどうしてもどうすることもできなかった。あんぐりと無防備に開いた顎の周りには無数の黒く短い髭が群生している。白い苔の生えた舌が黄ばんだ前歯の隙間から見え隠れしている。その奥にぽっかりと開いた奥底へ続く空洞に、私は透明なゴムの管を挿し込んだ。ぐいぐいと奥へ奥へと押し込む。ゴムの管はサラリーマンの喉を通り抜け胃袋に到達するとともに電動のモーターポンプの力によってそのサラリーマンの内容物を外部へ吸い出す働きを持っていた。
    冷たく乾いた風は木々たちを揺らしその枝葉をふるい落とし続けているのだが、窓の外を流れていく全く黒いその光景を何も見えないでいる私には木々たちはその肩を揺らしているようだった。

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