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古い地鳴り

見栄えの悪いショートケーキがテーブルの上に並んでいる。同僚の妻は照れくさそうな顔で見た目は不格好ですけど味は美味しいですよ、よければ是非と言った。私は酷く欲情し、紅茶の入った繊細そうなティーカップをソーサーに置く手がやたらと震え、カチャカチャと音がなった。私はそれをとても美味しそうに頬張り、同僚の妻にとても美味しいですよと微笑みかけた。どうしてそうなったのかは全く分からなかったが、同僚は今や完全に椅子となって私に上に座られている。そして同僚の妻が座っている椅子はどう見ても私の妻である。壁掛け時計の小窓が開いて鳩の人形が飛び出した。鳩の目が血走っているのを見て同僚の妻が笑った。あれ、ドイツの骨董市で買ったものなのよ。それは良い買い物ですね、可笑しな顔をしている。私の妻の苦痛に喘ぐ声が聞こえる。それが身体的な苦痛によるものなのか精神的な苦痛によるものなのか、私には分からなかった。私の妻は昔から気位が高く、私が何か彼女の気に触ることを言うと彼女は私の顔に平手打ちを食らわせた。同僚の妻は笑いながら短い鞭で椅子としての私の妻に一発お見舞いした。私の妻がプルプルと震えるので、その上に座る同僚の妻もプルプルと震えている。その震えをすら、同僚の妻はケタケタと笑った。午前三時ちょうど、同僚の家のリビングは煌々と発光するLEDと冷めきった空気、どこからともなく聞こえてくる不可解な金属音に支配されていた。窓の外がやけに明るく、アラスカの白夜のようだと言うと、同僚の妻がここはアラスカですものと言った。夕日とも朝日ともつかない柔らかな光が地平を撫で、薄明の木々は夜露とも朝露ともない水滴を輝かせている。その時、同僚の妻の小さな悲鳴と共に地鳴りが響いた。山が、木々が、そしてこの部屋も大きな揺れに飲まれた。どこからか鳴っていた金属音がうねるように周期的に音量を大小させている。この建物は大丈夫よと同僚の妻は誰かに言い聞かせるように言った。古い地鳴りです。窓を開けないでください。同僚が初めて口を開いた。私は立ち上がって続きを待った。しかし同僚は完全に椅子となっていて、それをやめるつもりは無いようだった。地鳴りは断続している。とうとう私の妻が体勢を崩した。地鳴りの最中にあっても私の妻に座り続けていた同僚の妻がバランスを崩して床に転がる。私の妻はすぐさま同僚の妻の上に馬乗りになって同僚の妻の首を絞めた。地鳴りが力無くその震えを終えた頃、私の妻が手を離しても同僚の妻が息をすることはなかった。瞬間的にバットの衝突する衝撃を側頭部に検めると、視界が横転し、床と衝突した衝撃を反対側の側頭部に検めた。うっすらと目を開けると、バットを肩に置いて仁王立ち、鬼の形相の妻。今回の仕打ちも平手打ちでとはいかなかったらしい。感覚を取り戻し、著しい鈍痛を催す側頭部に顔をしかめる。そそくさと立ち上がった同僚に見下ろされながら、今度は私の番なのだと直覚する午前三時半である。イチゴの種は歯に挟まると取れない。

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