ルポルタージュ
いくらでも嘘をつくことはできたのに、青臭い苦味の後悔が舌の付け根を締め付けるようだった。乾燥した砂埃を舞い上がらせる無数のランニングシューズの不規則な雑踏の中にいた。よーいドンと張り切った掛け声と乾いた火薬の破裂音を聞いて初めてこの人混みの正体を理解した。うねりとざわめき、文字通り波のように流れ行く人波に弄ばれ足がもつれておぼつかない。見るからに意地汚い中年の老眼鏡に歪んだこめかみの皺を見て、私は頷いて何かを了承していた。市営の広いグラウンドをスタート地点とし、そのまま河川敷のランニングコースを進んでいるようだった。5kmの折り返し地点で待つ中年の老眼鏡に歪んだこめかみの皺を思い浮かべると股関節やひざ関節の不調を思い知った。焼きそばの人参は火の通りが悪く硬い。せっかく外で鉄板で焼いたのに付属の粉末で味付けしているのを見てしまったせいか、少しも気分は上がらなかった。結果として盛り上がりに欠けるしょぼくれた火力に麺は縮こまり人参は乾燥し、もやしだけが異様に濡れている。配布された激安スーパーのスポーツドリンクで胃に流し込むことにした。市民は浮かれていた。沿道に並んだおばさん以外に形容のしようがないおばさんの群れは飽きることなくどこまでも続き、応援に次ぐ応援、差し入れに次ぐ差し入れ。煮干しやかつお節など出汁を取る以外にどうしようもない品々をランナーの一人一人に差し入れて、疲労回復には味噌汁が一番良いのだと力説。誰かが取り落とした黒くて大きな乾燥昆布が後続のランニングシューズに踏み割られバキバキに砕けた。非難轟々のおばさん軍団から逃れようとそれぞれがペースを上げた結果が平均タイムの底上げに繋がった。親切なおじいさんが善意で設けた給水スポットは長机に紙コップが並べられていた。紙コップの中身がおじいさんが独自に焙煎した熱々のブラックコーヒーだったことはランナーにとって予期せぬアクシデントと言えるかもしれない。先頭の一人が手早く紙コップを掴み一口含んだところで口からは黒い霧を吹き出し反射的に紙コップを投げ捨てたところ、それらが後続の顔やら腕やらに熱傷を負わせたとか負わせなかったとか。群衆が過ぎ去った後にはもの悲しげな一人の老爺と飲み切れない紙コップのブラックコーヒーが残されいつまでもそのままだった。貧相なカラーコーンに立て看板が取り付けられたそこが折り返し地点で、老眼鏡に歪んだこめかみの皺。辛うじて受かった不人気市長。労いの言葉を尽く無視される不人気の市長が折り返し地点の合図だった。転んで擦りむいた子供の擦りむいた傷に知らないおじさんが唾を付けたり、季節外れの大きなトンボが口に入ってしまった若い女が泣いたり、一回落とした飴を拾ってもう一回舐めたり、藪の中から河川敷を私有地と主張するなにやら小汚い老人が現れたりと、数々のハプニングを乗り越えた我々は絆としか形容のしようがない何かで結び付いていたように思われた。朗らかな土曜日の午後、市のマラソン大会はこうして大盛況のうちに幕を閉じた。