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宮崎本大賞の短編小説集「好きなページはありますか。」

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宮崎本大賞のnote( https://note.com/miyazakibon/ )で公開されているショートストーリー集「好きなページはありますか。」の執筆を小宮山剛が務めてい… もっと読む
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7.沈黙するストーブ、踊るページ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

7.沈黙するストーブ、踊るページ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

「河野先生、残業するんやったら無駄な電灯は消しとってくださいよ」

「ああ、はい。すみませんです。後藤先生もお疲れさまでした」

正月気分が抜けきらぬ気だるさが、目の前の紙の束をいっそう分厚く見せる。職員室に置かれただるまストーブが「キン」と音を立て、儚い金属音は誰の返事も待つことなく夜闇に消えていった。

ストーブは再び沈黙した。やはり、この街の冬は暗い。

後藤先生は私よりも二つ下なのだが、九

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6.名ばかりの革命、始まったばかりの物語:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

6.名ばかりの革命、始まったばかりの物語:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

この街の冬は暗い。

故郷の宮崎では、真冬の12月といえども穏やかで暖かい時間帯があった。快晴の青空が広がる日の昼間は陽気で心愉しかった。ところがこの福岡の冬は、毎日のように曇り続きだ。これが日本海側の冬なのだと言われればそれまでなのだが、気が塞いでしまう。

六本松の大学校舎に向かう足も、そんな曇り空の下では重い。11月に授業が半年ぶりに再開されたものの、同じく教養部に属する周りの学生たちも浮か

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5.彼女の噂、わたしの寒さ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

5.彼女の噂、わたしの寒さ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

南国なんて言われちゃう宮崎にだって、秋もあれば冬もある。12月になれば室内でもカーディガンやセーターを着るし、最近ずっとテーケツアツ気味なわたしは何を着ていても寒い。

寒い、寒い、寒い。きっともう、わたしの人生はこれからずっと寒いんだ。

「ねぇ、寒くないと?」

この合宿で同室の堀ちゃんに訊いてみるけれど、ウォークマンで聴いている音楽に夢中なのか反応しない。漏れ出る音から『CAN YOU CE

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3.硬い吊り革、柔らかい砂浜:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

3.硬い吊り革、柔らかい砂浜:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

高校卒業から24年。ジェームズ・ディーンの人生一回分の時間を、黒木充は東京で暮らしてきた。

ラッシュアワーに人の心は存在しない。横でも前でも後ろでも、どこを見るでもなくただ眼を閉じ、目的地まで耐え抜く無心の境地が必要とされる。そうして無心で満員電車に揺られていると、彼は生まれてから18まで育った宮崎のことを無意識のままに思い出す。愛すべき故郷というのでもない、帰りたい場所というのでもない。ひたす

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2.薄いカーディガン、分厚い双眼鏡:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

2.薄いカーディガン、分厚い双眼鏡:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

あの日買うことができなかった薄手のカーディガンがそろそろ必要になってきた。

夏休みが終わり2週間が経とうとしている。夕暮れは空を染めるのを焦り、わたし達は急かされるように日々を畳んでいく。みんなが狭い出口に向かって押しかけているみたいな感覚をおぼえながらも「どこか」「何か」に向かわなければならないと言われるがままに日々を処理していく。

それでも、わたしだけの夏はまだ終わっていない。いやむしろ、

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1.古い手紙、新しい輪ゴム:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

1.古い手紙、新しい輪ゴム:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集

「捨てるようなもんはまとめといて、後から見てもらった方がいい?」
「いらん。うち捨てとけ」
「そう、わかった」

久々に開けた実家の箪笥から、長年そこに蓄積されたのであろう空気の塊がのろりと出てきた。溜めこまれた衣類の入れ替えもなされていないようで、もう使わないものたちが最後に行き着く墓場みたいな扱いになってしまっている。総ケヤキの重厚な箪笥は独り身の父が用いるにはあまりに重くて大きくて、中身を整

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