可能なるコモンウェルス〈65〉

 入植以来アメリカ新大陸各地へとそれぞれ散っていった移民たちが、その地においてそれぞれ「自発的かつ個別的」に形成されていった各種の政治体、すなわち郡区(タウンシップ)・地方(プロヴィンス)・郡(カウンティ)・市(シティ)。これらの人間集団は、たしかに成り立ちとしてはその具体的な土地と人々によってそれぞれ全く異なる背景を持っていたにもかかわらず、一方ではあたかも互いに申し合わせたかのように、それぞれ互いに似通った構造にもとづいて形成されていったのだ、とアレントは言っている(※1)。
 少し回りくどく言い換えるならば、そういった「互いに全く異なる成り立ちによる政治体」は、しかしそれぞれ「ある一定の共通した形成形式を共有すること」において、各々に「分割されて構成された」政治体、つまり、郡区(タウンシップ)は「『郡区』という共通したクラスを共有」し、郡(カウンティ)は「『郡』同士」の、市(シティ)は「『市』同士」の、それぞれ「共通の階層を共有」して、その「共通した階層同士の、共通した形成の法則を共有すること」にもとづいて、「上から下まで階層的に区画された社会構成体」として成立した、というようなものでは全くなかったということなのである。
 むしろそれとは全く逆に、それぞれが「全く独自の形成過程」において、それぞれ「全く個別かつ独自に発生」し、その「全く個別・独自に形成された、その形式の結果として生じた」ものであるところの、「ある一定の共通性」が、それらの「社会的・政治的構成体が形成された後」において、各々に「郡区、地方、郡、市と呼ばれるような形態として分類されるところとなった」というように考えられるのだ。要するに、それらの社会的・政治的構成体は、けっして「上から」考えられて、それが「下に向けて分割されていったもの」ではない、それとは全く逆のコースを辿って成立に至ったわけだ、そしてそれゆえにこの「政治経験」は全く特異なものであり、かつてないユニークさを孕んでいる、とアレントは言うのである。

 重ねて言うと、それらの社会的・政治的構成体が、「それ自身としてコモンウェルス(=それ自身として自立した政治権力の意)を成していた」(※2)というのにもかかわらず、それでもなお当の人々にとって「このような政治体は、厳密に言えば政府だとは考えられていなかった」(※3)というのは、さらに加えて「それには、統治関係や市民の支配者および被支配者への分割などが含まれていなかった」(※4)というのは、それが「一つの大きなコモンウェルス=権力下に構成されたものではない」ということを意味している。
 逆に言うと、それらそれぞれ個別の政治体が、「『それ自体』として、必要とされる全ての法と統治の手段を『実施し、構成し、作り上げる』のに十分な力を持つものと考えられていた」(※5)のは、「その政治体を構成する一人一人が、当の政治体を構成するのに必要とされるだけの、『実施し、構成し、作り上げる』十分な力を持つ者であった」ということ、すなわち「その一人一人が、『それぞれ独自のコモンウェルス=権力をなしていた』」ということを意味しているのでもあるのだ。つまり、上記のようなそれぞれ個別の社会的・政治的構成体とは、そのような「一人一人それぞれの、その独自の権力=コモンウェルスの『連合体』」として成立しているものなのだ、と言うことができるわけである。
 そしてこのことは、このような「社会−構成体」が、アメリカ植民地において「発生していったそのときにおいて『すでに』そうだった」ものなのだった。然るに、このアメリカ植民者たちの「現実的な政治経験」とは、この植民者「一人一人の、それぞれ独自のコモンウェルス=権力に根ざしている」ものなのだ、と言うことができるところとなるわけである。

 さてここで、上記のような「一人一人それぞれの、その独自のコモンウェルス=権力」について、まさにジェファーソンに倣って「エレメンタリー・コモンウェルス(基本的公権)」とでも名付けたい誘惑に駆られるところはたしかにある。思うにいわゆる「公民権」なるものとはまさにそのようなものであろうし、「一人一票」の根拠なるものとは、まさしくそのようなところに見出されて然るべきであろうと想定したくもなるのだ。
 しかし、「現実の政治とは、あくまで人間相互の『関係』として生ずる」と考えるものである限りは、あたかもそれを「一方的に所有している」かのように思えるような表現、または「一定の状態に留め置かれている」かのように思えるような表現は、ひとまず差し控えておかなければならない。むしろそのように見えてしまうことが、逆に「現実的な経験を、理念や概念に転化させてしまう」ことにもなるのだろうから。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 アレント「革命について」
※2 アレント「革命について」
※3 アレント「革命について」
※4 アレント「革命について」
※5 アレント「革命について」

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