#映画感想文
空白を埋めるもの~『エリック』と『ミッシング』
大切な人が突然いなくなる、という出来事がトリガーになる作品は古来より多いが、今年は特に顕著な気がしてならない。それは例えば「四月になれば彼女は」のような婚約相手が突如姿を消すものであったり、公開を控える黒沢清の『蛇の道』のような子供を殺されるというものであったりと様々であるが、特に今年において印象的なのが"子供"が“突如姿を消す”作品である。
誰かを恨むこともできぬまま宙ぶらりんにされる感情。ま
罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】
濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』以来の長編映画『悪は存在しない』。その重厚な映画体験を今も反芻している。というより、あのように切断的に現実へと投げ出される結末を受け取っておきながらそうしないわけにはいかない。
緊張と緩和、長回しとぶつ切り、相反する要素を織り交ぜながら得体の知れない感情を炙り出してくる本作。全編に渡って人間の心が持つ柔らかさと不気味さの両方が喉元に突きつけられる。私なり
また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】
山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督がアンドリュー・スコットを主演に迎えて映画化した『異人たち』。孤独に生きる脚本家の男がふと幼少期の住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなった両親がその時のまま生活しており、かつてのような親子としての交流を行う、というあらすじだ。
このあらすじは大林宣彦監督、風間杜夫主演による1988年の日本映画版にも共通している。今回の
自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】
ヨルゴス・ランティモス監督がアラスター・グレイの小説を映画化した「哀れなるものたち」。自殺した妊婦にその胎児の脳を移植した人造人間ベラ(エマ・ストーン)と、それを取り巻く男たちを描く奇怪な冒険譚である。
上の記事では原作小説の感想を書いており、どう映像化されているのかという期待を高めていた。実際、映画を観てみると登場人物のバックボーンを描くことを排したことによる寓話性の高まり、そして映像で見せる
ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】
「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。
本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの
血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】
下津優太監督の初長編映画「みなに幸あれ」が示唆に富む怪作だった。本作は「第1回日本ホラー大賞」の大賞を受賞した11分の短編映画を長編へとリメイクしたもの。「呪怨」の清水崇監督が総合プロデュースを務め、Jホラー文脈による強いバックアップと先鋭的なアイデアが交差した作品と言える。
本作は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という思想に基づいた物語が展開されていく。やりすぎなくらいの恐怖描
2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】
イアン・リードの小説を原作としたAMAZON ORIGINAL映画「もっと遠くへ行こう。」に圧倒された。「レディ・バード」のシアーシャ・ローナンと「aftersun」のポール・メスカルの共演によるSFドラマで、超大作ではないが紛れもなくサイエンスフィクションであり、そして人間ドラマであった。
この映画における宇宙の要素に関しては夫婦への影響の1つであり、主題となるのは親密であるはずの関係に生じて
超常現象の現在地/「サムシング・イン・ザ・ダート」「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」
フィクションに触れるならせっかくだし見たことのない世界を見てみたい。そうなるとやはり超常現象が出てくるものを欲してしまう。それも約束された超大作よりも、どっちに転ぶか分からない変な予感のするやつ。そういうわけで観た2作はどちらも超常現象を今この時代に描く意味に溢れていた。
サムシング・イン・ザ・ダート「ムーンナイト」「ロキ シーズン2」というMCUドラマの傑作2本を手掛けたジャスティン・ベンソン
心は関係性に宿る~『ザ・クリエイター/創造者』『PLUTO』
伊藤園やパルコの広告にAIモデルが起用され、ユニコーンが過去の自分たちの歌声をAIに覚えさせて歌わせた新曲EPをリリースしたこの秋。映像でも立て続けにAI、あるいはロボットにまつわる作品が立て続いた。
『GODZILLA』や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で知られるギャレス・エドワーズ監督の最新作『ザ・クリエイター/創造者』。欧米やアジア各国でロケ撮影された映像に丹念なVFXを合わ
針のような痛みを見せたい/今泉力哉『アンダーカレント』
豊田徹也の漫画を今泉力哉監督が映画化した『アンダーカレント』。家業の銭湯を夫婦で営んでいたかなえ(真木よう子)は夫・悟(永山瑛太)に失踪される。そこに突然現れた堀(井浦新)とともに銭湯を続けるうちに、夫のこと、そして自らの心に隠し続けてきたことに直面していく。物語は静かに進み、じっくりと143分間をかけて心の深層/底流へと辿り着く様が紡がれていた。
かなえ、悟、堀の3人はそれぞれの理由で心の底流
救いある関係性を描くこと〜「ほつれる」「こっち向いてよ向井くん」
他者と関係を結ぶことはつくづく人生そのものだ。友人、恋人、家族、そういう関係だけでなく孤立を選ぶというのも“他者を拒絶する”という関係を結んでいるわけだから人の心は関係から逃れることはできない。
こういうもの、だとされていた価値観が瓦解しつつある現在。多くの”関係“を見つめる作品が生まれている。ここ最近観て印象的だった2作品もまたしかり。自分や他者にとって救いになる関係性とは何なのだろうか。