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幽霊もゾンビも要らない現代のホラー! 鈴木光司、瀬名秀明、貴志祐介

 皆さんは、日常にひそむ恐怖を感じたことはありますか?

 鏡に映る自分の顔が歪んで見えたり、夜中に聞こえる物音が不気味に思えたり、あるいは、隣に住む人が何かを隠しているような気がしたり……。

 日常は、一見すると安全で平穏に見えますが、その裏には得体の知れない恐怖が潜んでいるのかもしれません。

 ホラー小説は、そんな日常に潜む恐怖を巧みに描き出し、私たちの心の奥底にある不安や恐怖心を刺激します。

 今回は日本のホラー小説の歴史を辿りながら、恐怖の舞台がどのように変化してきたのかを探っていきます。

 呪いのビデオからサイコパスの隣人まで、ホラーの進化と深化を一緒に体験してみませんか?

 もしかしたら、この記事を読み終える頃には、あなたの隣にいる人が少し違って見えるかもしれません……。


鈴木光司『リング』(角川書店1991年6月)

  • 呪いのビデオを題材にしたホラー

  • 続編『らせん』(1995年8月)では呪いがウイルスであると解明

  • 完結編『ループ』(1998年1月)では仮想世界でのコンピュータウイルスやクローンの問題を描く

  • 科学技術とホラーの融合が特徴

 鈴木光司『リング』は、まさしく日本のホラー小説の金字塔。「不幸の手紙」から着想を得たであろう「呪いのビデオ」が登場し、見た者を1週間後に死に至らしめるという恐ろしい呪いが描かれています。
 続編の『らせん』では、呪いの正体が「山村貞子」という女性の怨念が生み出した有機的なウイルスであることが明かされ、物語はSF的な要素を強めていきます。
 そして、第三巻の『ループ』では、舞台はコンピュータウイルスやクローンが跳梁する仮想世界へと移り、ホラーからSFへと大きく舵を切ります。

『リング』シリーズは、ホラーがSFへと変貌を遂げた好例と言えるでしょう。その背景には、1990年代を象徴する科学技術のパラダイムシフトがあります。クローン羊「ドリー」の誕生は生命倫理の議論を巻き起こし、感染型のコンピュータウイルスは社会に大きな不安を与えました。また、「2000年問題」はコンピュータシステムの崩壊を危惧させ、世紀末の終末論的な雰囲気を醸成しました。

 これらの科学技術の進歩と社会不安は、『リング』シリーズに色濃く反映されています。呪いのビデオ、有機的なウイルス、コンピュータウイルス、クローン技術など、作品に登場する要素は、当時の科学技術の最先端を反映しており、読者に現実味のある恐怖を与えました。

『リング』シリーズは、単なるホラー小説ではなく、科学技術の発展と社会不安が複雑に絡み合った時代を象徴する作品と言えるでしょう。

『リング』から『バースデイ』までは、お得な合本版がありますので、こちらをおすすめします。

 以下は全『リング』シリーズです。あまり知られていませんが、貞子って幽霊じゃないんですよ! 

アクチュアルな視点で読み返すと、今話題のランサムウェアってまるで貞子みたいですね。標的となった角川(KADOKAWA)から出ているのが何とも皮肉です……。

瀬名秀明『パラサイト・イヴ』(角川書店1995年4月)

  • ミトコンドリアの叛乱を描く

  • 主人公が亡き妻の肝細胞からクローンした「イヴ」が人類を襲う

  • 分子生物学とホラーの融合が特徴

  • DNAと生命科学の倫理を問う

 地下鉄サリン事件の直後に発表された瀬名秀明のデビュー作『パラサイト・イヴ』は、ミトコンドリアの反乱を描くSFホラーです。

 分子生物学の知識を駆使し、学会に通暁する研究者の視点で描かれた本作は、そのリアリティと恐怖で大きな話題を呼びました。
 物語は、主人公が亡き妻の肝細胞からクローン「イヴ」を作り出すところから始まります。しかし、イヴは人類を滅ぼすために進化し、恐ろしい力を発揮し始めます。

 このプロットがリアリティを損なわないのは、当時、DNA研究が急速に進み「神の領域」に踏み込みつつあったからでしょう。ウニから始まり、サルまで到達したクローン技術は、現在では人間を作り出すことも可能だと言われています。高度に発達したテクノロジーは、便利さと同時に底知れぬ恐怖も生み出します。

 当時、この恐怖は終末論「ノストラダムスの大予言」と結びつき、科学とオカルトが混在する混沌とした世紀末の雰囲気を醸し出しました。
『パラサイト・イヴ』は、こうした時代の不安を反映した作品であり、その恐怖は現代にも通じるものがあります。本作は後に映画化、ビデオゲーム化もされ、幅広い層に影響を与えました。

貴志祐介『黒い家』(角川書店1997年6月)

  • サイコホラー作品

  • 保険金殺人を行う倫理観の欠如した女が主人公

  • 「サイコパス」という言葉を広めた

  • 日常に潜む狂気と恐怖を描く

 瀬名秀明氏に続き、第四回日本ホラー小説大賞を受賞した貴志祐介『黒い家』は、日本のホラー小説界に新たな風を吹き込んだサイコホラーの傑作です。
 この作品は、幽霊や超常現象といったホラーの定番要素を一切排除し、代わりに人間の心の奥底に潜む闇、そしてそこから生まれる狂気を克明に描き出しています。保険金のために冷酷な殺人を繰り返す女性の恐るべき心理描写は、読者の心に深い恐怖を刻み込みます。

『黒い家』は、「サイコパス」という言葉とその恐ろしさを世に知らしめた作品としても高く評価されています。人間の心の闇をここまでリアルに、そして徹底的に描いた作品は、当時としては非常に斬新であり、ホラー小説の新たな可能性を示しました。

 この作品は、多くの人々に衝撃と恐怖を与え、その後映画化もされるなど、大きな反響を呼びました。映画版も原作小説と同様に、人間の狂気と心の闇を深く掘り下げており、見る者の心を震わせます。

『黒い家』は、ホラー小説の枠を超え、人間の心理を深く探求した作品と言えるでしょう。その恐怖は、私たちの日常に潜む闇を浮き彫りにし、人間の心の奥底に潜む恐ろしさを改めて認識させます。もしあなたが人間の心の闇に興味があるなら、ぜひこの作品に触れてみてください。その恐怖は想像を絶するものなので、覚悟してご覧くださいね。

貴志祐介『悪の教典』(文藝春秋2010年7月)

  • 教師が淡々と不都合な人間を抹殺するサイコホラー

  • サイコホラーの主流化を象徴

 おなじく貴志祐介の小説『悪の教典』は、その衝撃的な内容と伊藤英明主演による映画化の成功により、現代ホラーの代表作として広く知られるようになりました。容姿端麗で人望のある英語教師が不都合な生徒を抹殺していくという恐ろしい物語です。

 この作品の大ヒットは、サイコホラーが現代ホラーの主流となりつつあることを示しています。
 かつてホラーといえば、幽霊や妖怪といった超自然的な存在が恐怖の対象でした。
 しかし『悪の教典』をはじめとするサイコホラー作品は、幽霊よりも身近な存在である人間、そしてその心の奥底に潜む悪意や狂気を描いています。こうした作品は、私たちの日常に潜む恐怖を浮き彫りにし、幽霊よりもリアルな恐怖として私たちの心に迫ってきます。
 
 こうしたサイコホラーの流行は、現実社会で起こる凶悪事件と無関係ではないでしょう。ニュースで報じられる凄惨な事件は、まるで貴志祐介の世界が現実に近づいているかのような錯覚を覚えます。幽霊よりも恐ろしい、人間の狂気を描いたサイコホラーは、今後も私たちの心を恐怖で満たし続けることでしょう。

今日のホラー

 恐怖とは、逃げ場のない状況でこそ、その本性を現すもの……。
 古城の地下牢、呪われた屋敷、あるいはゾンビが徘徊する荒廃した街……。
『オトラント城奇譚』のような、かつてのホラー作品は、非日常的な空間を舞台に、幽霊や怪物といった超自然的な存在が恐怖の源となっていました。

 しかし、現代のホラーは、私たちの日常に潜む恐怖を浮き彫りにしています。職場での人間関係の軋轢、家庭内のDVや虐待、学校でのいじめやスクールカースト。これらの問題は、私たちが日々直面する可能性のある、リアルな恐怖です。

 かつては、幽霊屋敷や呪われたビデオといった非日常的な舞台設定が、私たちを恐怖の世界へと誘っていました。しかし、現代のホラー作品は、職場、家庭、学校といった日常的な空間を舞台にすることで、より身近でリアルな恐怖を描いています。

 隣に住む人が実はサイコパスかもしれない、という不安……。
 SNSでの誹謗中傷がエスカレートし、現実世界に影響を及ぼす恐怖……。

 これらの恐怖は、私たちが日常的に接するメディアや情報から生まれてくるものであり、より身近で現実的なものとなっています。

 つまり、現代のホラーは、ポルターガイストやファンタスマゴリといった超自然的な存在ではなく、人間関係や社会問題といった、私たちが実際に直面する可能性のある問題を題材にすることで、より深い恐怖を描き出しているのです。

 もはや、幽霊やゾンビは必要ありません!
 私たちの日常こそが、最も恐ろしい舞台なのです!

 ホラーの舞台は職場、家庭、学校といった日常のなかに移行し、侵食していったと断言して良いでしょう。

 以下は、リングの映画版です。今見ても色褪せない、この夏にピッタリの名作映画なので、是非ご覧になってください!


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