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《無料公開》【マリーンズ略史 92~05/-33- 黒木2冠と小坂の盗塁王騒動(1998年)】

(写真 激しく盗塁王争いを繰り広げた小坂誠と西武・松井稼頭央)


(33)黒木2冠と小坂の盗塁王騒動(1998年)

 1988年と言えば18連敗がクローズアップされるが、このシーズンはマリーンズとなって初めて黒木が最多勝と最高勝率、小坂が盗塁王と3つのタイトルを獲得したシーズンだった。
 そのタイトル争いは熾烈を極め、最終西武3連戦にもつれ込んでいた。

【最終3連戦に持ち込まれた3タイトル争い】

 1987年、ルーキーの小坂誠は56盗塁を決め、新人最多盗塁の記録を更新した。しかし、このシーズンの盗塁王はハイレベルな戦いとなり、西武・松井稼頭央が62盗塁を決め、小坂は盗塁王に手が届かななった。
 翌1988年も盗塁数は前年よりも少なかったものの、小坂と松井が激しい盗塁王争いを繰り広げていた。そして、小坂が43盗塁、松井が41盗塁で10月10日から、最終西武3連戦(西武D)を迎えた。

 ロッテは小坂の盗塁王の他、黒木の最多勝と最高勝率のタイトルもかかっていた。最多勝争いはダイエー・武田、西武・西口が13勝でトップに立っていたが、黒木が12勝で追いかけていた。武田はすでに全日程を終了しており、最終3連戦に先発が予定されている西武・西口次第となった。また、勝率は西武・石井貴が.750(9勝3敗)だったが、当時のパ・リーグには「13勝以上」の条件があり、黒木が1勝すれば、勝率で13勝の2投手をリードしていたため、最高勝率も手中にすることになる。
 西武はすでに優勝を決めており、ロッテも5位のダイエーに4.5ゲーム差をつけられており最下位は確定、3連戦の注目はタイトル争いに絞られた。

【黒木が最多勝と最高勝率獲得】

 10日の初戦25回戦は西武は黒木と最多勝を争う西口が先発。西口が勝利すれば、ほぼ単独での最多勝が確定する。しかしロッテ打線が西口に襲いかかる。5回表に西口を捕らえて4点を奪いKO。西口に黒星をつけ13勝で足踏みさせ、黒木にも最多勝のチャンスが残った。
 また、盗塁王争いは両チームとも小坂、松井の盗塁を激しく警戒した。初戦は小坂が1安打、松井は2安打して出塁したものの、盗塁は成功せず0盗塁に終わった。

 11日の26回戦、ロッテはタイトルを狙う黒木が先発。その黒木が中心となり、松井の盗塁を警戒。一方、西武も小坂を警戒する。そんな中で3回表に打線が5点を奪う爆発、5回表にも5点を追加し10ー1と大きくリードする。黒木は6回1失点で降板したが藤田が3回を締め、黒木は13勝目をマークし、武田、西口に並び3人同時最多勝と最高勝率のタイトルを手中にした。
 一方、盗塁王争いは小坂は1安打1四球で2度出塁も2回盗塁を試みて2回失敗、松井は1安打2四球で3度出塁し、4回盗塁を試みて成功1回、失敗3回、その差は1盗塁となった。なお、松井が記録した3盗塁死は、1試合の盗塁死記録としては日本タイ記録だった。

【盗塁王争いが騒動に】

 小坂の盗塁王争いは、12日の最終27回戦次第となった。小坂43盗塁、松井42盗塁で最終戦を迎えた。
 松井が第2打席で二塁打を放ち、三盗を試みたものの盗塁死、小坂も第3打席で二塁打を放ち、三盗を試みたものの、これも完全に読まれて盗塁死した。

 そして7回表に騒動が勃発する。第4打席を迎えた小坂はレフト前にヒットを放ち一塁に出塁する。当然、三塁への盗塁よりも二塁への盗塁の方が成功する機会は高まる。小坂が二盗を決めれば盗塁王はほぼ確定する。西武のマウンドは芝崎和広。ここで芝崎はけん制を投じるが悪送球。一瞬、小坂は二塁へ足を踏み出すが、一塁の西村コーチが制止する。前述のとおり二塁への盗塁の方が成功率が高いからだ。小坂は一塁に留まる。続いて芝崎は投球フォームの動作を途中で止めてボークの判定。小坂は仕方なく二塁に進む。ここで近藤昭仁監督が抗議に出る。もちろん、ロッテにとってはチャンスが広がったことになるが、芝崎のボークは小坂を二塁に進めたいがための行為であることが明らかだったからだ。スタンドからは、西武の行為に対してブーイングも起こる。近藤監督は「西武の敗退行為(野球協約違反)にあたるのではないか、その前に起こった牽制悪送球でさえ、故意であるなら敗退行為ではないか、という疑惑まで浮上してくる」と抗議した。
 しかし、抗議は受け入れられずに試合は続行。小坂は三盗を試みるも失敗、その裏、松井は二死一塁からヒットで出塁。ダブルスチールを敢行し、二盗に成功して43盗塁として小坂に並ぶ。9回表にロッテが勝ち越して試合は終了。43盗塁で小坂と松井が並んで盗塁王となった。
 後年、当時西武コーチだった杉本正氏は「小坂は三盗が苦手で成功率が低かった。もし出塁したらあえて二塁に進ませようと、けん制で悪送球を投げるというのは、事前に決めていた筋書きだった」と明かした。
 小坂は「前年よりも成功率が低かったと思います。その前に自分がしっかり盗塁を決めていれば良かっただけ」と淡々と振り返った。翌1999年は松井が単独で3年連続盗塁王となったが、小坂は2000年に単独で2度目の盗塁王を獲得した。

 翌朝の新聞は、この盗塁王争いを大きく取り上げ社会問題としても扱われた。大方は西武の行為への批判が中心だったが、一部ではけん制悪送球で二塁へ進まなかった小坂への批判も見られたが、何とも後味の悪い結果となった。

 ちなみに、近藤監督は退任が決まっており、この試合が最後の采配だったが「この次は、もっと強いチームでやりたい」とマリーンズファンから批判を浴びた発言が出たのは、この試合後の事だった。

(次回)⇒【9/5 12:00】(34)《有料・冒頭試読》マリーンズ初の新人王、盗塁王・小坂誠(1997年~2005年在籍)


----- マリーンズ略史 92~05 INDEX ------

 【年度別出来事編】

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(2)《全文無料》『千葉移転元年 4月ダッシュも最下位に沈む』
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  (57)《全文無料》5試合で4完封
【1993(平成5)年】
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 【選手編/投 手】

(23)《有料・冒頭試読》チーム支えたエースの苦悶・黒木知宏(1995~2007年在籍)
(26)《有料・冒頭試読》ルーキーからフル回転左腕・藤田宗一(1998年~2007年在籍)
(27)《有料・冒頭試読》低迷期支えたエース、復帰後はリリーフで日本一・小宮山悟(1990年~1999年、2004年~2009年在籍)
(30)《有料・冒頭試読》抑えの切り札への道・小林雅英(1999年~2007年在籍)
(32)《有料・冒頭試読》マリーンズ初タイトル剛腕エース・伊良部秀輝(1988年~1996年在籍)
(35)《有料・冒頭試読》強気なマウンド、マリーンズ初代クローザー・河本育之(1992年~1999年在籍)
(37)《有料・冒頭試読》マリーンズ初の最優秀救援投手から手術へ…・成本年秀(1993年~2000年在籍)
(40)《有料・冒頭試読》7年目のブレーク「サンデー晋吾」(1994年~2013年在籍)
(43)《有料・冒頭試読》先発の柱サブマリン・渡辺俊介 (2001年~2013年在籍)
(44)《有料・冒頭試読》中継ぎ切り札から先発の柱へ・小林宏之(1997年~2010年在籍)
(47)《有料・冒頭試読》絶対的エースの信頼・清水直行 (2000年~2009年在籍)
(50)《有料・冒頭試読》球団創設年以来55年ぶりの快挙・久保康友(2005年~2008年在籍)

 【選手編/打 者】

(24)《有料・冒頭試読》二軍成長記・福浦和也(1994~2019在籍)
(29)《有料・冒頭試読》打線を支え愛された背番号6・初芝清(1989年~2005年在籍)
(31)《有料・冒頭試読》オリオンズ最後の戦士・堀幸一(1989年~2009年在籍)
(34)《有料・冒頭試読》マリーンズ初の新人王、盗塁王・小坂誠(1997年~2005年在籍)
(36)《有料・冒頭試読》「14打席連続出塁」の大記録樹立・南渕時高(1990年~1997年在籍)
(41)《有料・冒頭試読》裏から支えたバイプレーヤー・諸積兼司(1994年~2006年在籍)
(48)《有料・冒頭試読》千葉で途切れた連続記録・愛甲猛 (1981年~1995年在籍)
(51)《有料・冒頭試読》オリオンズ最後のタイトル・平井光親 (1989年~2002年在籍)

 【選手編/助っ人】

(53)《有料・冒頭試読》中4日のタフネスエース・ネイサン ミンチー(2001年~2004年在籍)
(54)《有料・冒頭試読》「神話」と「ナイト」の勝負強さ・フランク ボーリック(1999年~2002年在籍)
(56)《有料・冒頭試読》安定感抜群の助っ投・エリック ヒルマン(1995年~1996年在籍)
(58)《有料・冒頭試読》 窮地を救ったストッパー ブライアン・ウォーレン(1998年~2000年在籍)
(59)《有料・冒頭試読》「いつか必ずロッテに帰ってくる」の約束果たした フリオ・フランコ(1995年、1998年在籍)

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