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《有料・冒頭試読》【マリーンズ略史 92~05/-35- 強気なマウンド、M初代クローザー・河本育之】

(写真 1997年の河本育之(1998年のファンブックから)


(35)強気なマウンド、マリーンズ初代クローザー・河本育之

 千葉移転年に入団し、ルーキーながら抑えに抜擢され、マリーンズ初代ストッパーを務めた剛腕左腕。マリーンズ初年度の1992年の4月に捕手の青柳進とともに月間MVP受賞したマリーンズ初の表彰選手である。

 山口県立田布施工業高校時代は軟式でプレーし、地方大会では準々決勝から決勝まで3試合連続ノーヒットノーランや1試合24奪三振を記録するなど無敵状態だったという。硬式は社会人の新日本製鐵光から始め、都市対抗野球にも出場して注目を集めた。
 「90%はストレート」と言うほど、ストレートでグイグイ押す強気のピッチングに魅了されたマリーンズファンは多かった。

【ルーキーながらクローザー抜擢】

 開幕一軍を果たし、初登板は新生マリーンズ3戦目の4月8日ダイエー2回戦(千葉マリン)だった。3-4と1点ビハインドの場面で7回からマウンドの上がった。初登板とは思えない、臆することない河本らしい強気のピッチングで、3回を打者9人でピシャリ。7つの三振を奪った。クローザーに頭を悩ませていた八木沢荘六監督は、このピッチングを見て河本のクローザー起用を決断した。河本も「プロでやっていけるのか不安だったが、デビュー戦で払拭された」と話したデビューマウンドだった。

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