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【書評】『緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で』小山靖史(NHK取材班)・著

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のトップを10年間務めたことで知られる緒方貞子を追うNHK取材班。

外交官だった父の転勤に伴い、幼少期をサンフランシスコで過ごし、のち支那に異動した際、父は英語を忘れないようにと日系アメリカ人の家庭教師をつけたという。

平成21年(2009)頃、僕はアフリカ某国の駐日大使の離任レセプションに参加した折、彼女が来賓としてスピーチするのを目撃したことがある。
当時既に80を越えていたのに、原稿も読まずに滑舌の良い英語を話していたのが凄く印象的だったけれど、彼女の生い立ちを知れば、さもありなんということになる。

昭和43年(1968)、ICU(国際基督教大学)で教鞭をふるっていた頃、かの市川房枝に見初められて国連総会派遣団の一員に加わる。このことが、彼女と国連を結びつけることになる。

「決めなくてはならないのは私だから。私が決めるよりしようがないのだから。だって、聞く人はいないのです。私が決めなくてはならないのです。だから、それはしょうがない。そのためにいるのですもの、私。トップというのはそのためにいるのです」

(引用者註:負けん気が強いんですねと問われて)
「知りません、そんなことは(笑)。でもね、負けるのが好きな人なんていませんよ(笑)」

「内向きはだめですよ。内向きの上に妙な確信を持ってそれを実行しようとすると、押しつけになりますよね。理屈から言えば。そうではないですか。内向きというのは、かなり無知というものにつながっているのではないでしょうか。違います?」

「手に入る一次資料を集めなさい。いろいろ探し回ること自体が勉強なのです。それは、必ずしも論文に反映されなくても無駄になりません」

「教育は身に付いた経験や知識を全てはぎ落とした時、最後に残るものです」

教え子の証言:

「緒方先生が指針にしているのは、学問、専門性なのです。『女性である』ということが、共通軸になったことはないのです。緒方先生が求めていたことは、そういうことではないと思いますし、私たちも、緒方先生に教わったのは、『女性だから何ができる』というよりは、『専門性を持っているから何ができる。それを極めることによって何ができる』。そういうことを、緒方先生が示してくださいました。先生も女性ですし私も女性なのですが、でも大事なのはそこではなくて、やはり中身で勝負というところです。そこを教えてくださったのが、緒方先生だと思いますね」

そういえば、緒方は夫の姓(旧姓は中村)であり、博士論文もその後の仕事も一貫して緒方姓。

当今声高に主張される、女性の自立云々を絡めた夫婦別姓議論とは一線を画する姿が垣間見え、ことさら女性を特別視させ、あたかも女性上位・男性差別を迫るかのような当今の軽薄なフェミニズムとは全く異質な思想の持ち主であろうことは理解できる。

そして、僕の母校である上智大学外国語学部で学部長まで務めていたというのに、大学で不思議なほど緒方にまつわる話を聞かなかったのは、彼女の姿勢が、学内のインテリ女性たちとは相容れないものだったから、もっと言うとアカデミアの世界に収まりきらず、現実の国際社会で大活躍する姿が口惜しくて仕方がないからなのか、と妙な邪推をしてしまった。

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