母校の文化祭をYouTubeでライブ配信することになりました【奇跡】

母校である県立八海高校の秋華祭(しゅうかさい)という文化祭的イベントが来月の6日に開催されます。

ことしはアレの関係で保護者が会場に行けない……ということで「YouTubeでライブ配信をしたい」とのお話が校長先生からありました。

どこかの業者が入るのかな……とお話を聞いていたのですが、まだ決まってない雰囲気だったので

「やりまーす!!やらせてくださー!!」

と言ったら、やらせてもらうことに

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まさかあなたに「スキ」と言われる日がくるとは……
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愛校心

卒業したのは30年前。日大大学院には大変お世話になったのですが、やはり母校といったら明学です。軟派でチャラチャラした同級生に馴染めなかったのものの、キリスト教主義に根ざしたリベラルな学風は気に入っていました。歳を重ねると愛校心が高まるのは不思議なものですね。

中学受験と大学受験を経験して思うこと

最近読んだ本はこの二冊。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09825383

https://honto.jp/netstore/pd-book_30449739.html

受験では、いわゆる名門校という学校があるが、
塾業界が学校に偏差値を(勝手に)つけて、偏差値の高い学校に何人受からせるかで、毎年実績を出すのが習わしになっている。

大抵は、トップ校に

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スキありがとうございます
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母校で調理実習

本日は、JA新潟中央会×県栄養士会主催
「高校生・米ふれあいスクール」
の講師として母校へ行ってきました。

母校へ伺うのはこれで4回目。

数年前から
調理実習での講師として、
栄養士会の食育事業の一環として、
進路指導授業で先輩として、
学生の皆さんと関わる機会をいただきました。

大好きな母校と
大人になってから繋がれることが、
本当に嬉しいです✨

最後に私からも、

高校生だからできるこ

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スキありがとうございます!

ヒムラーと村井

ナチス親衛隊(SS)隊長、ハインリヒ・ヒムラー。

そのヒムラーの焼き直しのような存在が、オウム真理教の村井秀夫だ。

ヒムラーと村井は、それぞれナチスとオウムのナンバー2だった。

両者とも幼少期には何の異変もなく、大学では理系に進み、その後、大量殺人の責任者となっている。

集団にオカルト的要素を持ち込んだという共通点もある。

名前も、ヒムラー(Himmler)とムライ・ヒデオなので部分的に

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東京外国語大学の多様性

われらが母校、東京外国語大学には多様性がある。

東京外国語大学

東京外国語大

東京外語大学

東京外語大

東京外語

東京外大

東外大

外大

外語大

外語

TUFS

どう呼んでも構わないのだから。

ちなみに筆者は「外語大」と言うのが好きです。

 

写真中央は事務棟で、右奥に写ってるのが講義棟(少なくとも筆者のいた頃は…)

20年前の母校

高校の同級生がFacebookで母校の吹奏楽部の映像をシェアしているのを見つけました。

私達が入学するのはこの映像の少しあとのことですが、高校時代を懐かしく思い出しました。

母校は吹奏楽の強豪校。私は吹奏楽部ではなかったのですが、音楽部(合唱部)だったのでいつも吹奏楽部の隣の部屋で練習していました。

なので、練習の様子なども見ていて音楽部より歌の練習してて上手いんじゃない?と思っていたり。で

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「生きていれば何とかなる」

皆さまこんにちは。

先般のドラマで、上戸彩さんが言っていたセリフが話題になっているようです。

素晴らしい言葉だと思います。

私の限られた経験から言わせていただくと、

「生きていれば何とかなる」→「生きていれば何かが見えてくる」と思います。

私にとっては、そのあとに北大路欣也さんが語った

「生きて、彼と話をしたかった」

という言葉も心に刺さりました。

今、私自身の身の回りにもいろいろ

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ありがとうございます!
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2020/9/29 「母校」

母校を約6年ぶりくらいに訪れた。

不思議なもので、中学校時代を振り返るとずっと前のこと、ずいぶんと時間が経ってしまったと感じるのに、校舎に足を踏み入れてみるとつい最近のことのように中学生の感覚を覚えていた。

毎日のように使っていたテニス部の部室はなんら変わりがなかった。

段差に座って通学靴からシューズに履き替えていたことも、感覚として記憶していた。

でも、その頃、靴を履き替えていた当事者で

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またねってまた言わせて下さい😌ありがとう💐
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初心大事

家業もだけど木造建築関連の仕事で食っていくと決め、日本の木造建築の専門学校へも行かせてもらったのがもう15年も前だなんて…時の早さにゾクッとする。

その学校の入学式でI先生が言った言葉がずっと残っている。

「この学校での生活は、富士山の樹海のようなもの。いろいろな方向をさまよって卒業する頃にその樹海を抜けられればいい。卒業から死ぬまで自分の道を時間をかけて登っていつか頂上を目指してください。」

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