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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2021年11月の記事一覧

『鴨川等間隔』

『鴨川等間隔』

娘の様子を見るついでに私の帰省も兼ねて京都を訪れた。
娘は春に京都市内の大学に進学した。
娘に会うのは入学式以来、半年ぶりになる。
夏休みに2週間ほど帰ってきていたが私は仕事の都合で会えなかった。
妻は娘と2人で過ごせたことを喜んでいたが。

私の実家は京都市の南の方だ。
娘が大学に合格した時には私の実家から通えばいいと思っていた。
私の両親も孫の世話ができることを喜んでいた。
しかし、妻と2人で

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『ストーカー』

アパートの集合ポストには今日も板チョコが一枚入っていた。
彼は肩が床にめり込みそうなため息をついた。
今年のバレンタインデー以来毎日だ。
もう何ヵ月になるのだろう。
指を折って数えかけたがやめた。
手紙も何もない。
もちろん食べる気もしないので毎日ゴミ箱行きだ。

警察に相談したらと友人は言う。
しかし、相談したところでと彼は反論した。
手紙も何もないので、どこの誰かもわからない。
この安アパート

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『次の日の夫』

夫はなかなか起きてこない。
多分もう目は覚ましているはずだ。
ただ、私とも誰とも話をしたくないのだろう。照れくさいのかもしれない。
あんな日の翌日に自分がどう振る舞えばいいのかもわからないことが。
この年まで生きてきて、と考えているに違いない。
定年退職をして、精神的にも余裕があるはずなのに、と考えているに違いない。
俺は古風な人間じゃない、とも思っているのだろう。

昨夜、娘が男を連れてきた。

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『まだらの地球』

『まだらの地球』

久しぶりの休日だった。
遅く起きた僕は送られてくるニュースをベッドで読んでいた。
子供たちは外で遊んでいる。
あまり高いところに行っちゃダメよ。
妻の声がする。
どうせあのおもちゃでは高度1キロくらいにしか行けないだろう。
それでも油断すれば大けがをする。

突然、コール音がベッドの枕のあたりから響き渡る。
研究所からだ。
片手でスクリーンを目の前に呼び出す。
すぐに来られるかね。
所長は休みのと

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『エースで4番で嘘つきで』

『エースで4番で嘘つきで』

彼は子供の頃から、いわゆるガキ大将でした。
ケンカばかりして、いつも先生に叱られていました。
時々彼の両親も学校に呼び出されて、先生に頭を下げていました。
でも、私は気づいていました。
彼がケンカをする相手は、いつも上級生ばかりだったのです。

6年生になりケンカをする上級生もいなくなった彼は、クラスの野球チームに入りました。
放課後になると、グローブをぶら下げたバットをかついでグランドに駆けてい

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『明日』

『明日』

重そうな雲が垂れ込めている。
高層ビルを飲み込もうとするようだ。
ビルの間を駆け抜けてくる風は冷たい。
午後の街を歩く人はみんなどこかに向かっている。
雨が降り出す前に目的地に到達したい。
空に昇るのを雲にはばまれたシュプレヒコールが、低くゆっくり通り過ぎる。

母親は子供の手を引っ張って横断歩道を渡っている。
その先に何が待っているのか、わかっているのだろうか。
それでも母親は子供の手を引っ張っ

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『ネオンサイン』

『ネオンサイン』

いつの間にか西口の方まで歩いていた。
3次会に誘われていた。
歌舞伎町の雑踏の中を、友人は10人ほどの仲間を引き連れて歩いていた。
時々誰かが奇声をあげた。
少し離れて歩きながら、気づかれないように駅に向かった。

夜になるとパーカーだけでは肌寒い季節だった。
肩をすぼめて歩いていても、不思議ではない。
自分でも、寒さからなのか、惨めさからなのか、わからなくなっていた。
それに酔っていた。

金曜

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『銀河系より』

『銀河系より』

マンションに戻り、明かりをつける。
マスクを蓋のついたゴミ箱に投げ入れる。
手を丁寧に洗う。
脱衣所で衣服を脱ぐと、そのままバスルームに入る。
一日の疲れを洗い落とすように熱いシャワーを浴びる。
食事は勤務先の1階にあるコンビニで済ませてきた。
冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
部屋の隅に置かれた小さな机に向かい、ノートパソコンを立ち上げる。
ベランダからはるか彼方の星が一瞬小さく輝いたのを確認する

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『よみがえるスマホ』

『よみがえるスマホ』

ちくしょう!
スマホの充電が切れた。
敵の弾丸が耳元をかすめる。
上着の内ポケットを探りながらスマホを充電器につなぐ。
助けは呼べない。逃げるしかない。
彼女はドアから一気に飛び出し階段を駆け上がる。足元を敵の銃弾が追いかけてくる。
屋上は駐車場。少し離れたボルボの陰に隠れた。
足音が屋上に現れる。3人、いや4人だ。
ピストルの弾は一発しか残っていない。
彼女はボルボの下に潜り込んだ。
敵は少しず

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『ワタシよ、ワタシ…』

『ワタシよ、ワタシ…』

案外、簡単だったな。
案ずるより産むが易しは、本当だった。
最初は半信半疑だったよ。
こんなにあっさり成功するなんて。
世の中の母親は息子の声もわからないのかね。
声が違うねって言われた時は慌てたけど。
風邪ひいちゃってさあ、のどの調子が悪くてね。
それで、すっかり信じ込んでしまうんだからな。
それにしても、世の中の母親は金を持ってるんだなあ。
息子のためとは言え、こんな大金をポンと出せるとは。

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『プロの神様』

『プロの神様』

もちろん我々はあなたたちの人生を左右するわけです。
しかし、あなたたちの人生に何か変化が生まれたときに、我々の働きを悟られるようでは駄目なのです。

ーなるほど。しかし、それは難しいのではないですか?

もちろん、そうです。
でも、そこはうまくやりますよ。
代々引き継がれた門外不出の奥義です。

ーそれでは、せっかくのあなたちの働きが無駄にはならないですか?

そうですね。ですから、ほんの少しだけ

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『スネ夫の抗議』

『スネ夫の抗議』

スネ夫が死んだぞ。
帰宅して食事をしていると、郷里の友人から連絡が来た。
交通事故で即死。
間もなく定年だった筈だ。
妻にも伝えた。
2人とも無言のまま食事を終えた。

郷里を離れている数人に連絡をとってみた。
全員が既に知っていた。
どこかで待ち合わせて向かおうということになり、場所と時間をすり合わせた。

夜中、眠れそうになく、滅多に飲まないビールを飲んでいると妻も起きてきた。

高二の時の担

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『チャンピオンの金メダル』

『チャンピオンの金メダル』

ここにあるのは何かわかりますか?
目の前の男はくたびれた革のショルダーバッグを指差した。
男と私は知り合いでも何でもない。

私は喫茶店で1人、コーヒーを飲んでいた。
11月の夕暮れ。疲れ切っていた。
そこに突然この男が現れ、断りもなく向かいの席に腰を下ろしたのだ。

ここにあるのは何かわかりますか?
突然聞かれてもわかるはずもない。
私は黙っていた。
何かの勧誘なのか。元々セールスに弱い私は身構

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『株式会社リストラ』

『株式会社リストラ』

「株式会社リストラ」って怪しいな。
入社してすぐにリストラされるとか。
でも、文句は言えないわ。
最初からからリストラって言っているのだから。
こんなにわかりやすいことはない。
でも、こんなこと労働基準法で許される?
リストラしますと言って採用して、リストラするなんて。
これが、いわゆる自己責任というやつかな。
社会は厳しい、しっかり現実を見て判断しなさいと、お父さんは言ってたな。
この間、リスト

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