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『スネ夫の抗議』

スネ夫が死んだぞ。
帰宅して食事をしていると、郷里の友人から連絡が来た。
交通事故で即死。
間もなく定年だった筈だ。
妻にも伝えた。
2人とも無言のまま食事を終えた。

郷里を離れている数人に連絡をとってみた。
全員が既に知っていた。
どこかで待ち合わせて向かおうということになり、場所と時間をすり合わせた。

夜中、眠れそうになく、滅多に飲まないビールを飲んでいると妻も起きてきた。



高二の時の担任だった。
どうしてそんなあだ名が付いたのか。
痩せ型の体型と七三の髪型から、クラスの誰かが言い出した。
誰が言い出したのか。多分あいつだろうと想像はつく。

クラス担任で受け持ちの科目は現代国語だった。
元々あの年頃には退屈な科目だが、それに輪をかけて面白くない授業だった。
生徒の興味を引こうなどと考えたこともないに違いない。
居眠りをしている奴らがいても、注意したことはない。男子はほとんど寝ていた。
夜ふかししても、スネ夫の授業で寝るから大丈夫などといっていた。

クラス担任としても、ほとんど何もしなかった。
ホームルームなど、毎回5分もかからずに終わった。
席替えもなく、4月に座った席から1年間動かなかった。
スネ夫に何か相談しようなどという生徒はいなかった。

クラブ活動をしたり、遊び回りたい生徒には、都合のいい教師だったかもしれない。
逆に、一流大学を目指しているような生徒には最悪だっただろう。
3年生になるときに、そのままクラスも担任も持ち上がりと決まった時には、悲鳴と歓声が半々だった。

ゴールデンウィークが終わると、野球部も多少真剣に練習するようになった。
甲子園を目指すようなチームではなかったが、試合をする以上少しでも多く勝ち進みたい。
合言葉は毎年、まず一勝。
ここのところ1回戦敗退が続いていた。

キャプテンの剛士が1回戦の試合相手を発表すると、全員からため息がもれた。
甲子園にこそ出たことはないが、毎年予選では4強には残る強豪校だ。

試合はエースの敦が予想外の好投を見せた。最終回まで1対0。
ツーアウトランナー無しで打席が回ってきた。
ベンチはここまでの戦いぶりですっかり満足しきっていたが、最後のバッターにはなりたくなかった。
目をつぶって振った打球は左中間を抜けていった。
2塁ベース上でガッツポーズ。
ホームに帰れば同点。初めて味わう緊張感。
続くバッターの徹はセカンドゴロ。
終わったと思った瞬間、2塁手の前で打球は大きく跳ねた。

それを見て、3塁コーチの腕がぐるぐる回る。
慌ててホームに突っ込む。
ヘッドスライディング。
アウト!

試合後、ベンチ裏は笑顔であふれていた。
強豪校相手によくやったよ。
駆けつけたOBも家族も喜んでいた。
顔を洗っているとマネージャーの由紀子が背中を叩いた。
「あれ、何?」

バックネット裏の本部席が騒がしい。
スネ夫がいた。
大会役員らしき人に髪を振り乱して抗議している。
あれはセーフだろ!
馬鹿野郎!
つかみかかろうとするスネ夫をみんなで引き離した。
スネ夫は泣いていた。

それ以来、スネ夫の授業はサボらなくなった。
相変わらず、面白くもない授業だったけど。



久しぶりに夫婦で飲むビールはすぐになくなった。
「新しいのを出すわ」
冷蔵庫を開ける妻に言う。
「由紀子も行くだろ?」

























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