『次の日の夫』

夫はなかなか起きてこない。
多分もう目は覚ましているはずだ。
ただ、私とも誰とも話をしたくないのだろう。照れくさいのかもしれない。
あんな日の翌日に自分がどう振る舞えばいいのかもわからないことが。
この年まで生きてきて、と考えているに違いない。
定年退職をして、精神的にも余裕があるはずなのに、と考えているに違いない。
俺は古風な人間じゃない、とも思っているのだろう。

昨夜、娘が男を連れてきた。
あらかじめ聞いてはいたが、夫には黙っていた。
言えば、なんだかんだ理由をつけていなくなる。
だから、娘と私とその男しか知らなかった。
男が目の前に現れた時には、夫も察していたようだ。
まもなく30になる娘が男を連れてくるとはどういうことか。
しかも、2人とも正装だ。

今どき、娘さんを僕にくださいなんてこともないだろうが、娘には念を押しておいた。
許可をもらう必要はない、報告だけすれば席を外してもいい。
ただ、人としての礼儀は守りなさい。
守らなかったのは夫の方だ。
酒を持ってこいと言い出した。
しかたなくビールで乾杯したが、夫が不自然なのは明らかだった。
父親として許すと言いたい、でも許すとか許さないとかいう問題ではない。
多分、好きな矢沢永吉のイメージを必死で演じていたのだろう。

昼過ぎに起きてきた夫はまた飲み始めた。
珍しく日本酒を熱燗でやり出した。
私の時も父はこうだったのだうろかと考えさせられる。
適当にあてを作って出す。
空いた徳利を下げて新しく燗した徳利を置く。

初めて出会った時に、今と同じくらい俺のことを知っていたら俺と結婚していたかい。
突然夫が尋ねてきた。
あなたはどうなんですか、と答えをはぐらかす。
俺は…決まってるだろう。
そのうちに夫は眠ってしまった。
夫の手からそっと徳利を取り上げる。
私もそうですよ、男なんてみんな同じだと知りましたからね。

夫の背に毛布をかけて、私は買い物に出かけた。

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