- 運営しているクリエイター
#言葉
[ちょっとした物語]向こうから鐘の音が聞こえる
埃っぽい書類の束を1枚1枚眺めていた。すると水色の封筒を見つけた。初夏の心地の良い午後だった。封筒から便箋を取り出すと、記憶はフラッシュバックする。
「こんなきれいな海見たの、はじめてだよ。ね、なんていうか、キラキラしてる」
そう言ったのは本当にきれいな海だったからだ。初めて訪れた瀬戸内の海は、凪いでいて、光が無数に反射していた。そんな海を見たのは、生まれて初めてだった。
「こんな海、普
[ちょっとした物語]夜はこうして過ぎてゆく
深夜1時。
さて寝ようかという時間は、その意思とは裏腹に布団に入ることをなにかが拒否をする。
ムダにスマホを眺めたり、SNSを開いて意味もなくタイムラインをのぞいてしまう。
ほら、ひとスクロールすると、誰かがこの夜に向かって叫んでいる。僕は、その声をじっくり読んで、いいねを押す。何がいいんだか。そんなことを思いながら、この世界に残された唯一の意思表示を残す。
誰のせいでもない。
そん
[ちょっとした物語]明け方にめざめる君について
パッと目が開いた。
とてもすばやく、境目のないくらいに。
自分が寝ていたことすら意識していないくらい自然に、目の前に情景が広がった。
「あ」
一瞬、間が開いた。
今何時だ?
時計に目をやると、午前4時を指していた。
テレビは煌々と、誰も見ていないとは知らずに昨晩起きた事件についてごていねいに知らせている。
天井のあかりは点いたまま。
そうだ、昨晩のテレビを見ながら寝てしまったのだ。
これ
[ちょっとした物語] 軒先の雨宿り
今日はいやな雨の降り方をする。
強く降ったり、弱く降ったり。なんだか動きづらい。蒸し暑く、もう服を着ていることすら鬱陶しくなる。
駅を出ると、雲の切れ目から太陽が顔を覗かせていた。これは幸運だ。今のうちにと濡れた路面を駆ける。
しかし、ふと思った。
「何をそんなに急ぐ必要があるのだろう」
僕らは時に、いつもどおりのことができないと少し焦ってしまう。今もそうだ。雨が少しの間止みそうだから