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[ちょっとした物語]夜はこうして過ぎてゆく

 深夜1時。
 さて寝ようかという時間は、その意思とは裏腹に布団に入ることをなにかが拒否をする。
 ムダにスマホを眺めたり、SNSを開いて意味もなくタイムラインをのぞいてしまう。
 ほら、ひとスクロールすると、誰かがこの夜に向かって叫んでいる。僕は、その声をじっくり読んで、いいねを押す。何がいいんだか。そんなことを思いながら、この世界に残された唯一の意思表示を残す。

 誰のせいでもない。
 そんなデタラメなことを言うつもりはない、でもじゃあそれが誰のせいだなんて、誰も決めることはできやしない。
 そんな世界の不文律は、今夜も誰かの心に鼠色の雲をかける。

 少し肌寒い深夜1時。
 僕は今夜も眠れない夜を過ごす。ムダにスマホを開いて、ただ流れる意味のないつぶやきを目にする。そこに誰かの感情が立ちこめていようが、それに心を寄せたところでなんの意味があるのだろうか。
 だから、あえて意味のないことに目を向けると言っておこう。
 けれども、それを見ないことには、僕は生きることの連結ができそうにない。

 口に運ぶ歯ブラシが、キリキリと歯茎を刺激する。
 にじむ血、甘いとも塩辛いとも言えないなんとも鈍い味覚が口に広がる。
 窓を開けると、霞がかった月がぼんやりと光を空に拡散する。

 あの叫びを書いた本人もこの夜空を見ているのだろうか。そして、冷蔵庫のミラーガラスの扉に映る自分の姿を見る。
 ここにひとりの冴えない男が、夜も眠れずに存在する。なんて哀れだろう。これほどまでに、自分の存在が哀れに見えるのははじめてだ。
 僕は、その姿を見ながら、手に持ったスマホを見た。
 またいくつもの叫びが、そこに幾重に投影されている。
 そして、僕は安堵した。

 闇も深い深夜1時。
 寝るには、少しもったいない。もう10分、もう5分。
 何をするわけでもない。
 寝るということで、何かを失くしてしまうような気がするだけだ。そんなはずはないけれど、ため息にまじって僕を引き止める力が働いている。
 またどこかで誰かの叫びが、スマホに届く。
 今夜も、月の美しさともに、言葉のナイフが僕を刺す。
 そして、眠れない夜に、刺しては抜いて、刺しては抜いてを繰り返す。
 言葉とは、沈黙の中に生まれる。口に出すのも、文字を書くのもタイプするのも、すべてその枝葉でしかないのだ。

 そんなふうに無防備に、口の血の残滴を感じながら、運命の誤読を楽しみたい。

 寝るのが嫌なうちに。

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