夫のDVに40年耐えた女性の末路
なんでも毎日になると慣れてくるように、恐ろしいことに暴力も毎日になると慣れてくるものです。
そしてそれが恐ろしいことだとわかっているのに逃げられないことが、もっと恐ろしいことです。
何十年も暴力の中にいて、夫が歳をとったために暴力を振るう体力がなくなって暴力がなくなったという人に会ったことがあります。
彼女は80歳。
去年90歳の夫を亡くした。
彼女はクリスチャンで、彼は可哀想な人なのだから私が側にいてあげなければいけないと40年以上を夫と暮らした。
夫は病気になり2年ほど入退院を繰り返し、目に見えて弱っていき最後の半年はほぼ病院にいた。
夫と彼女には、夫と前妻の間に生まれていた息子がいた。
その息子は彼女を不憫に思い、いつも彼女を父親から守り続け、英語を話せない彼女の代わりに息子が病院の手続き、車の運転ができない彼女のために病院の送迎など全てをその息子がやっていた。
やがてその息子は結婚し、子供もいたが妻とは数年後離婚。
息子は仕事や彼女(義理の母)を守ることに忙しく、自分の家庭を妻に任せて休日も子供と過ごす時間は少なかった。
そして息子の妻は壊れ、買い物依存症になり息子はもっと働く時間を増やさなければならなかった。
そして父親の暴力を見て育った息子は妻に強く言えず、結局強引になんとか離婚して離れたのだった。
全てがDVのせいだとは言い切れないけれど、父親が暴力を振るわなければここまで不幸の連鎖になったでしょうか?
もちろん息子の妻側にも問題があったようですが、母親に費やす時間を自分の家族に費やせば違っていたのかもしれません。
離婚は今ではそんなに珍しいことではないけれど、その離婚の理由の何%かは父親のDVが絡んでいることは間違いないと思います。
その母親は今は自由に海外旅行などを一人で楽しんだり、お友達とおしゃべりして、車が必要な時は息子を呼びます。
もうその歳だから車の運転を自分でするというのはできないことはわかりますが、彼女も移民ですがなぜ40年アメリカに住み、英語が全く分からないで車の免許も持っていないのか?
かなり熱心なキリスト教徒ですが、現実は祈ってるだけでは生活はできないし、現に息子の生活に影響を与えたことは間違いないですがそんなことは微塵も思っていない様子。
彼女ももちろん大変だったのでしょう。
でも彼女が守るべきは将来のある息子です。
そして自分自身を幸せにし、自分自身を守ることが息子を守ることです。
息子の人生は息子のものです。
私が夫から離れる決断をした一番の理由は、子供の将来を考えたらこのままではいけないと思ったことです。
夫と関わるとDVのことで絶対に子供に迷惑をかけることはわかっていました。
未来、将来、私が夫を断ち切ってしまわないと、夫は私が使い物にならなくなった時子供に依存して付き纏い、子供をコントロールし始めるでしょう。
逃げた時、子供はまだ小さく、私はアメリカで小さい子供を預けることに不安はかなりありましたが夫に預けるより100倍マシです。
40年間もDVに耐えたなど、美談などではなく子供に迷惑をかけ、その子供の子供にまで影響を及ぼし、自分では何もできず子供に依存しないと生きていけない80歳には絶対になりたくないと思いました。
結局そういう人はずっと、自分は被害者だから可哀想で許されると被害者なことを利用して他人をコントロールしたり、免罪符にしているように見えて、根本的にはメンタルは加害者と同じになってしまっています。
加害者も根本的には同じです。
加害者は自分のことを被害者だと思っています。
”こんなに天才的で、賢くて、いい人な自分を誰もわかってくれない!自分は可哀想だ!自分は絶対正しいから言うことを聞け!”
そして一生その言うことを聞いてくれる人間にベッタリくっついて、その人がずっと肯定し続けてくれないと加害者は生きていけないのです。
そして今度はその被害者の子供がまた被害者になるのです。