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現実の終わり、死、夢の始まり

 夢の中で充足して生きていた自分の姿を現実の側から見てしまうと、どうしても羨ましくなってしまう。どんなに荒唐無稽なことが起きても夢の中の秩序は崩れることはない。…

半生物
1年前
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意図、そして流れ(9首)

 本当にごめんなさい。そしてありがとうございます。 万年筆はしずかにつかう心臓の音が誰にも聞こえるように 赤い服寝るときに着れば赤パジャマ 青と黄色も同様にして…

半生物
8か月前

イメージの墓場

 存在しない記憶 布と肌をあいまいに区切る曲線 少しだけ残った水  高めの体温 膨らんだバッテリー 恐竜が踏みならした大地  一本だけ突き出た枝 送られたサイン…

半生物
10か月前
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生の記録・七月のある日

 8時5分に目が覚めた。サークルの先輩が自殺する夢を見た。いや、正確には、これから自殺することを告げられる夢を見た。彼は不気味なほど落ち着いていて、考え直せと説…

半生物
1年前

私がいま考えていないこと

 私がいま考えていないことについて考えたい。たとえば、地中海に浮かぶ小島で砂の中に潜むカニのこと。金星の表面をものすごいはやさで移動するガスのこと。いつものカバ…

半生物
1年前
1

ふける

 デスクワークは目に悪い。情報社会で生きることを余儀なくされている現代人の宿命と言われればそれまでだけど、パソコンの画面とにらめっこしつづけることはどう考えても…

半生物
1年前
4

闇を思え

 私がまだ小さかったころ、深い夜の街を両親と弟といっしょに歩いたときのことを、なぜだか忘れられずにいる。深夜23時くらいだったろうか。子どもの私にとって見覚えの…

半生物
1年前

京都大学英語出典一覧

はじめに原書を読もう!  京都大学の英語の試験は「精読」の力を強く求めることで知られています。例年大問Ⅰ,Ⅱは長文読解が出題されますが、(年度によって差はあれど…

半生物
1年前
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「劇場」に閉じ込められて

 私たちがこの世に生まれ落ちたとき、周りにはすでにおびただしい数の他者が存在していた。その他者は、これから私たちが生きることになるであろう世界について、私たちよ…

半生物
1年前

一つの言葉 二つの意味

日本語の「あたま」には主にふたつの意味がある。ひとつは「人や動物の首から上の部分(大辞林)」という、目に見える物理的なモノとしての意味である。これは「頭部」と言…

半生物
1年前

急な痛みをどう合理化するか

 突然襲ってくる腹痛。作業中の手を否応なく止める鈍い頭痛。じつは自分は大病を患っているのではないかと疑いたくなるほどの胸の痛み。これらの痛みは、何の予兆もなく私…

半生物
1年前
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土に還らぬ鳩への挽歌

 長い階段を下りる。ホームに人は少ない。3分後の準急を待つ。  ふと、線路に灰色の何かが落ちているのに気がついた。嫌な予感がしたが、すぐに電車が来たので、乗って…

半生物
2年前
2

思考の一回性

 朝、もしくは帰りの夜の電車の中で、手持ち無沙汰な時間を埋めるように、窓の外の流れていく風景をぼんやりと眺めながら、何かを考えるということがよくある。ここで「何…

半生物
2年前
2

「随筆」ということば

 「随筆」、あえて読み下すならば、「筆の随に」「筆に随う」とでもなろうか。  私は、この言葉がとても好きだ。どうしようもないくらいに。だから、「随筆」ということ…

半生物
2年前
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彼女の手記

 私は時々、そこを訪れる。  終わらない仕事からの一時的な休息を求めて、私はその丘に足を運ぶ。  だだ広い丘、一見すると何も見当たらない丘、それでも、私にとって…

半生物
2年前
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夢一夜

 私は夢を見ました。 ㅤ夢の中で私は大富豪に招かれた客人でございました。 ㅤ閑静な高級住宅地に居座る富豪の屋敷は、豪邸という名が相応しく、粲粲とした意匠が鏤めら…

半生物
3年前
5

現実の終わり、死、夢の始まり

 夢の中で充足して生きていた自分の姿を現実の側から見てしまうと、どうしても羨ましくなってしまう。どんなに荒唐無稽なことが起きても夢の中の秩序は崩れることはない。その守られたカオスのなかで楽しく世界を謳歌する自分が妬ましい。夢の中の登場人物にとって、夢は現実でしかない。夢には脈絡がないという診断は、常に現実にいる覚醒した人間によってなされる。夢には夢の脈絡がある。大海を泳ぐ魚がいま自分が泳いでいるの

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意図、そして流れ(9首)

 本当にごめんなさい。そしてありがとうございます。

万年筆はしずかにつかう心臓の音が誰にも聞こえるように

赤い服寝るときに着れば赤パジャマ 青と黄色も同様にして

海があって海はなくて山があって山はなくて橋があるだけ

条件を提示されて止まったきみが頭のなかで弾いたそろばん

モザイクがかかっていない肖像画 顔ってこんなに多かったっけ

セカンドキス あなたに捧ぐ、目薬をさすのとそう変わらない

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イメージの墓場

 存在しない記憶 布と肌をあいまいに区切る曲線 少しだけ残った水

 高めの体温 膨らんだバッテリー 恐竜が踏みならした大地

 一本だけ突き出た枝 送られたサイン 抽象的なスイッチ

 二週間前の家庭ゴミ 延々と続く二重丸 くしゃくしゃの折り紙

 的外れな舌打ち ざらざらしたフライパン 倒れた目薬

 錆にまみれた小屋 予想通りのカナブン 枯れたシミ

 高く積まれたイヤホン 赤いT字路 光り

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生の記録・七月のある日

 8時5分に目が覚めた。サークルの先輩が自殺する夢を見た。いや、正確には、これから自殺することを告げられる夢を見た。彼は不気味なほど落ち着いていて、考え直せと説得する僕らを、もう決まったことだから、と諭すような口調でいなした。僕は変に納得してしまって何も言い返せなかったが、これから死ぬ人が目の前で生きているのがつらかった。目覚めたとき、その先輩が軽々しく自死を選択するような人でないことを確認して、

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私がいま考えていないこと

 私がいま考えていないことについて考えたい。たとえば、地中海に浮かぶ小島で砂の中に潜むカニのこと。金星の表面をものすごいはやさで移動するガスのこと。いつものカバンの中で取り返しのつかない絡まり方をしているイヤホンのこと。遮断機の前で遠くを眺めながら電車が通り過ぎるのを待っているおじいさんのこと。
 私がいま考えていないことについて考えると、それは「私がいま考えていないこと」ではなくなる。私に考える

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ふける

ふける

 デスクワークは目に悪い。情報社会で生きることを余儀なくされている現代人の宿命と言われればそれまでだけど、パソコンの画面とにらめっこしつづけることはどう考えても体に悪いのだ。2時間も画面を見ていると、頭と首が熱くなって、集中力がとんでもない勢いで失われていく。休憩をはさんでもよくならないので、HPは単調減少の一途をたどる。気づくのが遅すぎたかもしれないが、たぶん、自分はこの仕事に向いてない。
 こ

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闇を思え

闇を思え

 私がまだ小さかったころ、深い夜の街を両親と弟といっしょに歩いたときのことを、なぜだか忘れられずにいる。深夜23時くらいだったろうか。子どもの私にとって見覚えのある街はいつも昼の格好をしていたから、「真夜中の街」という新しい側面を発見し、そのなかを探検することに、何らかの高揚を覚えたのは確かだろう。
 それから夜の街――ここで「街」というのは、家の外にある人工的な環境と考えてもらって構わない――は

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京都大学英語出典一覧

京都大学英語出典一覧

はじめに原書を読もう!

 京都大学の英語の試験は「精読」の力を強く求めることで知られています。例年大問Ⅰ,Ⅱは長文読解が出題されますが、(年度によって差はあれど)すらすらと読めるような文章が取られることはほぼないと言っていいでしょう。
 私が京大入試の英文に感じる魅力は、ただ単にパズル的な英文解釈の面白みだけにあるのではありません。そうではなく、その文章によって語られる内容の興味深さに惹かれるの

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「劇場」に閉じ込められて

「劇場」に閉じ込められて

 私たちがこの世に生まれ落ちたとき、周りにはすでにおびただしい数の他者が存在していた。その他者は、これから私たちが生きることになるであろう世界について、私たちよりもはるかに多くのことを知っていた。彼らは私たちのあずかり知らぬ間に「社会」をつくりだし、その劇場の中に私たちを座らせた。座席はすでに用意されていたのである。
 私たちはその劇場の中でさまざまな劇を見、ときには舞台に立って何かを演じたりもし

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一つの言葉 二つの意味

一つの言葉 二つの意味

日本語の「あたま」には主にふたつの意味がある。ひとつは「人や動物の首から上の部分(大辞林)」という、目に見える物理的なモノとしての意味である。これは「頭部」と言い換えられる。そしてもうひとつは、「外界の事物を認知する働きや、物事について思考したり判断したりする働き(新明解国語辞典)」という、目に見えない精神的、内面的なコトとしての意味である。これは「頭脳」と言い換えられる。
日常生活において、「あ

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急な痛みをどう合理化するか

 突然襲ってくる腹痛。作業中の手を否応なく止める鈍い頭痛。じつは自分は大病を患っているのではないかと疑いたくなるほどの胸の痛み。これらの痛みは、何の予兆もなく私たちの生活の秩序を乱す。なぜいま、この痛みが? そう問いかけても、誰も答えてはくれない。

 この痛みは、私にしかわからない。なのに、その原因は私にもわからない。私の意識にのぼってくるこの痛みに、私は理由を与えることができない。その事実に、

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土に還らぬ鳩への挽歌

土に還らぬ鳩への挽歌

 長い階段を下りる。ホームに人は少ない。3分後の準急を待つ。
 ふと、線路に灰色の何かが落ちているのに気がついた。嫌な予感がしたが、すぐに電車が来たので、乗って、向こう側のドアからそれを見下ろした。やっぱり、鳩の死骸だった。

 珍しくないことなのだろう。でも、脳の中で飛びまわり歩きまわる鳩と、目の前で静かに横たわる鳩だったものとの隔たりが、否応もなく意識されて、しばらく目を離せなかった。

 こ

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思考の一回性

思考の一回性

 朝、もしくは帰りの夜の電車の中で、手持ち無沙汰な時間を埋めるように、窓の外の流れていく風景をぼんやりと眺めながら、何かを考えるということがよくある。ここで「何か」と言ってその内容を特定しないのは、端的に言ってそれを覚えていないからである。断片的な言葉は記憶に残っている場合もあるが、その言葉をどのように紡ぎ、どのような論理で思考を展開していったか、ということは概して忘れてしまう。つまり、再現不可能

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「随筆」ということば

「随筆」ということば

 「随筆」、あえて読み下すならば、「筆の随に」「筆に随う」とでもなろうか。
 私は、この言葉がとても好きだ。どうしようもないくらいに。だから、「随筆」ということばについて、少し考えてみたい。

 「筆に随う」ということは、すなわち「何を書くか決めないままに文を書く」ということだ。つまり、「随筆」とは、用意しておいた「既製品」としての文章を筆を使って紙に書き起こす作業ではない。「いま」考えたことを、

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彼女の手記

彼女の手記

 私は時々、そこを訪れる。

 終わらない仕事からの一時的な休息を求めて、私はその丘に足を運ぶ。
 だだ広い丘、一見すると何も見当たらない丘、それでも、私にとってそれは大きな意味を持っている。
 日々の疲れ━━━といっても、「新進気鋭の小説家」としての━━━に耐えきれなくなって、ある種の無意味さ、純粋な意味を求めて軽率に自然をむさぼるのではなく、意味にまみれた社会からはずれた、ある意味での「みすぼ

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夢一夜

夢一夜

 私は夢を見ました。

ㅤ夢の中で私は大富豪に招かれた客人でございました。
ㅤ閑静な高級住宅地に居座る富豪の屋敷は、豪邸という名が相応しく、粲粲とした意匠が鏤められており、思わず息を呑んでしまうほど絢爛としていました。
ㅤ黒服の執事らしき男が「どうぞ」と重厚な扉を開けると、奥へと続く真紅の絨毯に、風流な調度品が整然と佇んでいて、更にその上には黄金色のシャンデリアが明明と輝いており、その光を誇示して

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