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Fumster
2021年9月14日 18:24
「士郎、おまえは花が好きなんだなぁ」 晴男に声をかけられた士郎は、テーブルに広げた図鑑の写真を観ながら花の絵を描いていた。孫がクレヨンを次々と持ちかえながら一生懸命絵を描く姿を、晴男はロマンスグレーの長い眉に隠れてしまいそうな目を、さらに細めて見守っている。「うん。きれいだから」「そうだな。花が好きな人は心も綺麗だ。男のくせに花なんて好きなのかとかバカにする輩もいるだろうが、おまえは自
2021年1月24日 21:29
2035年、銀座のとあるバーにて。「あそこに座っている女性に『107』(ワン・オー・セブン)を」歳の頃35前後の男はバーテンダーに耳を貸すようジェスチャーで指示すると、重低音のきいた野太い声でこうささやいた。スーツは黒のアルマーニ。青い光沢が眩しいネクタイを合わせている。髪の毛は勢いよく立てられていて、肌は浅黒い。いかにもやり手のビジネスマンといったオーラを放ち、若いのに新進気鋭の社長
2019年4月9日 14:34
国立の 花のかたちを刻み込む その胸を圧(お)す 墨染めの空 夜、青年は故郷(ふるさと)である国立の桜を見上げながら、その美しさを胸に焼きつけるべく、花びら一枚一枚の、形や色をゆっくりと両の眼で追っていく。 「忘れてなるものか」青年は無意識のうちに拳を握りしめ、こみあげてくる生あたたかいものをぐっとこらえながら、ずいぶん長いこと桜を見上
2018年10月23日 15:06
*5分程度で読める創作物語です。待ち合わせの時間や仕事の合間、電車の中などでお読みください。シャンゼリゼ通りに近い静かなマンションに住むしがない画家のジャンは、フィアンセのルイーズと慎ましやかに暮らしていた。バルコニーには赤や黄色の花が添えられ、ダイニングテーブルにはいつもリンゴや洋なしが綺麗に飾られる、まさに絵に描いたような安穏とした幸福の日々だった。ところが、結婚式を3か月前にしてドレ
2018年10月11日 13:26
もしもこの空の向こうのどこかに、 大気圏なんか思いっきり突き抜けたどこかに、 銀河系なんか遥かに越えたどこかに、 星屑に隠れるようにして、 パクラマリホという惑星が存在し、 そこにカグネツキピオという名の人間に似た生物がいたとしたら、 カグネツキピオは薄紫色に統一された物哀しい部屋の中で、 背丈の高い椅子にちょこんと腰掛け、 窓際の花瓶に差されたスクバラカの花びらを指先でいじりなが