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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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#ショートショート

【小説】可愛い女(可愛がられるために自分をなくす話)

【小説】可愛い女(可愛がられるために自分をなくす話)

 就職するにあたって、本物の陶器肌ファンデというものを買った。

 肌を陶器のように滑らかに見せる化粧品は他にも多くあるが、このファンデーションの特徴は化粧をしていない時にあった。このファンデーションを使い続けると、徐々に肌質が変わっていき、すっぴんでも陶器肌をキープできるというのだ。

 入社式までの二週間、本物の陶器肌ファンデを毎日付け続けた。売り文句に嘘はなく、入社前日の洗顔後は鏡に顔を寄せ

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【小説】反証可能性(科学に裏付けられた驕りの話)

【小説】反証可能性(科学に裏付けられた驕りの話)

 一本の論文が世界を揺るがした。人間と動物の決定的な差異をついに発見したというのだ。

 粒子と波動の二重性のため、あらゆる物体は波動としての性質も持っている。人体をはじめとする生物の体も例外ではない。その波動を継続的に測定し、時間ごとに得られたグラフを重ね合わせると、特定の生物についてだけは美しい蝶のような紋様が得られた――つまり、人類だけに。

 「波動紋」と呼ばれたその理論は瞬く間に知れ渡り

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【小説】溺れない花(水仙と水草のわかり合えない話)

【小説】溺れない花(水仙と水草のわかり合えない話)

 水仙の花が泉を覗き込むと、水草が薄黄色い楚々とした花を咲かせていた。

「あの花はどうして溺れないのだろう。重たい水に閉じ込められて、繊細な花弁も軸も潰されてしまいそうなのに」

 水仙は軽やかな風に揺られ、しっかりと張った根に力を入れて背筋を伸ばした。

「あの花はきっと、罰として苦しみの中に閉ざされているのだ」

 水草の花は揺れる水面の向こうの水仙を見上げた。

「あの花はどうして乾き切っ

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【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

 お前の詩には魂がないと、師匠や他の高名な吟遊詩人らからは言われ続けていたが、言葉の糸を編み上げる技術は当代随一と自負していた。

 王子に随行する吟遊詩人として選ばれ、正直なところ俺は鼻高々であった。魔王を討伐し、近年活動を活発化させていた魔物たちを制圧すれば、王子は国を救った勇者として讃えられるだろう。そして俺の詠う英雄譚が、国の歴史として永久に刻まれることになる。師匠らを見返し、俺の名を轟か

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【小説】自食(リアル人狼ゲームの話)

【小説】自食(リアル人狼ゲームの話)

 今日も吊られずに済んだ。

 村に紛れ込んだ人狼に、また一人、喰い殺された。

 人狼を炙り出すための会議が今日も開かれる。

「ねえ、彼氏作んないの?」

 化粧の濃い村人Aが話題を振ってくる。

「なかなか良い人いなくてさあ」

 村人らしい口調、手つき、表情になるよう注意を払いつつ答える。

「どんな人がタイプなの?」

 ピンクの爪の村人Bが食い付いてくる。掘り下げなくていいのに。

 

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【小説】アーティスティック(芸術家になろうとした理由の話)

【小説】アーティスティック(芸術家になろうとした理由の話)

 奇をてらい過ぎ。

 それが美大受験のために画塾に通い始めた私に下された評価だった。

 私は大いに不服だった。他人と違うものを目指して何が悪い? 私には突出した個性があるはずだ。それを表現しようとしているだけじゃないか。

 夕食の席で愚痴ったら母は面倒臭そうに溜息を吐いた。

「何でもいいけどちゃんと合格しなさいよ。あんたみたいな変人、普通の会社に入れるわけがないんだから」

「わかってるよ

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【小説】野営地の夜(戦場から剣を盗み出す話)

【小説】野営地の夜(戦場から剣を盗み出す話)

 分隊の六人が眠るテントの中で、人の動く気配がする。薄目を開けると、俺と同時期に入隊したナナリがテントを出るところだった。めくれた膜の隙間で細い三日月が笑っていた。

 分隊長の怒声が夜明け前に俺たちを叩き起こした。

「おい、銃はどこにやった⁉︎ ナナリはどこだ!」

 全員分の銃剣がごっそり消え、見張りに立っていたナナリの姿が見えない。考えられることは一つだった。

「探してきます」

 俺は

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【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

 前の住人が子供部屋に残していった私を見つけた彼は大喜びした。真珠のような柔らかな艶のある、陶器でできた馬。彼は私を新しい土地での最初の友達にと望み、私は彼の希望に応えて動くことができるようになった。

 引っ越したばかりでまだ友達もいなかった彼は、学校から帰ってくるなり部屋にこもって私と遊ぶようになった。彼が来るまで窓辺で寂しく埃をかぶっていた私は、また子供の遊び相手になれることが嬉しかった。

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【小説】聖(少女の神託と嘘の話)

【小説】聖(少女の神託と嘘の話)

 白と黒の柱の間に立ち、少女は黄昏の天を仰ぐ。

 ——神よ、我等を導きたまえ。

 ——偉大なる創造主、至高の聖なる魂よ。

 ——従順なる僕に御業を示したまえ。

 少女の肩がわななき、唇から神秘の言葉が流れ出る。男の神官たちが、大神官である少女の告げる神の言葉を筆記する。

 神官が民に告げ知らせた神託の通り、国は戦で勝利した。力尽きて倒れた少女が絹のベッドで寝ている間に。

 彼女だけが知

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【小説】あなたの天使(天使のぼくと、神さまのお兄さんの話)

【小説】あなたの天使(天使のぼくと、神さまのお兄さんの話)

 天使みたいな子だって小さいころから言われてた。

 ぼくはうれしかったし、この先も天使みたいでいようって思った。——本物の天使になろうって思った。

 同じクラスのまりあちゃんはお父さんがアメリカ人で、幼稚園のときに劇で天使の役をやったって言ってたから、「天使ってどんなの?」って聞いてみた。

「神さまのしもべだよ。神さまを信じてる人を守ったり、神さまの言葉を伝えたりするの」

「しもべってドレ

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【小説】女王がいた部屋(揺らぐ複数の現実と不安の話)

【小説】女王がいた部屋(揺らぐ複数の現実と不安の話)

 ふと疑いが過る。

 私が見ているものは現実だろうか。

 向かっている先は本当に知っている場所だろうか。

 手に持っているものは本当に鞄だろうか。

 横を通り過ぎていくのは本当に人間だろうか。

 私は本当に私だろうか。

 冷たい血液が全身を逆流して、胃が金属でできているみたいに存在を主張する。春の終わりの日差しをはねつけて凍え切った指先が震える。一定の電子音が耳を塞ぎ、暗くなった視界に

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【小説】生きるお守り(生まれたくなかった僕が生きるために持っている切符の話)

【小説】生きるお守り(生まれたくなかった僕が生きるために持っている切符の話)

 生まれてこないほうが幸せだった。

 絶望でも自己憐憫でもなく、ひたすら冷静に事実としてそう思う。

 みんなと同じことに興味が持てない。

 同じように笑えない。

 嘘の笑顔がバレて嫌われるのはマシなパターン。僕が嫌われるのは当然のことで、自己認識との合致にむしろ安心する。

 一番自分のことが嫌いになるのは、相手が僕に好意を持ってくれたとき。

 こんな僕と友達になろうとしてくれるなんて本

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【小説】走らない私(人の視線からの逃避と反逆の話)

【小説】走らない私(人の視線からの逃避と反逆の話)

 人間に目なんて付いていなければ良かったのに、と思っていた。

 戸惑い。蔑み。哀れみ。

 視線に乗って私に届けられる感情は決して快いものではなく、周りの人の目をみんな塞いで回りたかった。その目から何も出てこないように。私の影がその目に入らないように。

 人目を気にする私に自意識過剰だと言った母は私のほうを見ていなかった。もう何年も、私の顔なんて見ていなかった。

 私は高校までの通学路を走っ

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【小説】多重聖域(資本主義と異教徒の聖域の話)

【小説】多重聖域(資本主義と異教徒の聖域の話)

 巨大な聖域の明かりは夜も決して消えることはない。

 敬虔なる信者たちは天に手を伸ばすように幾重にも層を成す巣を作り、夜を拒絶するように頑なに光で満たし続ける。

 闇と混沌、不可知の神秘を領域の外に追いやり、安全で快適な聖域の境界を守るために。

 讃美歌が響く。成長と発展、その先にある豊かさという天上の国を称える声が。

 正体を隠した神の言葉は聖域内の隅々にまで浸透している。

 もっと早

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