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【小説】反証可能性(科学に裏付けられた驕りの話)

 一本の論文が世界を揺るがした。人間と動物の決定的な差異をついに発見したというのだ。

 粒子と波動の二重性のため、あらゆる物体は波動としての性質も持っている。人体をはじめとする生物の体も例外ではない。その波動を継続的に測定し、時間ごとに得られたグラフを重ね合わせると、特定の生物についてだけは美しい蝶のような紋様が得られた――つまり、人類だけに。

 「波動紋」と呼ばれたその理論は瞬く間に知れ渡り、多くの再現実験が行われた。そして動物の無秩序なグラフと並べられた著名人の繊細な波動紋がメディアを賑わせた。

 同分野の研究者として私が懸念した通り、波動紋は進化と、そして「優れた人類とは何か」という議論と結び付けられた。

 様々な動物について測定が試みられ、進化的に人類に近いほど波動紋が綺麗に現れることがわかった。人類の中でも波動紋の現れ方に差があり、紋の乱れは社会階層と相関があることも。

 研究室の窓から見えるバベルの塔のような円錐形の高層ビルには、乱れの少ない波動紋を持つ、由緒ある家系、あるいは優れた能力を認められた人々が暮らしている。

 スマホで観るテレビ番組では塔の内部の特集が組まれている。窓の大きな、都市を一望できる部屋での暮らし。能力を最大限発揮するための最上級のサポートと医療体制。もちろんそれを賄っているのは、以前よりずっと重い税を課された「下等な」人間たちだ。

 彼らに期待されているのは、より美しい、より整った波動紋を持つ子孫を多く残すこと。進化した人類に未来を託すのだとナレーションは締めくくる。

 机の上に置かれた雑誌が目に入り、溜息が出た。私の論文を突き返した有名学術誌だ。その論文はマイナー雑誌が辛うじて拾ってくれたのだが、やはりインパクトは少なく、学界からはほとんど無視されている。

 私の研究は動物の波動紋に関するものだ。塔の設立の根拠となった研究では、波動の確率分布は1マイクロ秒の時間間隔で重ね合わせられている。つまり1マイクロ秒ごとに撮影した波動の写真を合成した連続写真が波動紋というわけだ。

 例の研究では、1マイクロ秒、2マイクロ秒、3マイクロ秒といった整数の間隔でしか検証されていない。そして「マイクロ秒」という単位は自然界の法則に存在するものではなく、人間が勝手に決めたものだ。

 重ね合わせの時間間隔によって波動紋の形が大きく変わることに目をつけ、私は1.5マイクロ秒で測定したマウスの波動を重ね合わせた。するとおぼろげながら規則性のある紋様が見えてきたのだ。

 だがそこまでだった。人間にとって中途半端な数である4/3マイクロ秒や6/7マイクロ秒での測定を行うには、新しい測定装置の開発が必要だ。そして成果を認められていない私の研究費は底を突きかけている。

 雑誌を開くと、今や波動紋学の権威となった研究者の論文が一番目立つところに載っている。内容は、精神状態と波動紋の相関について。塔の居住者はより高い精神性を持つようになり、したがって地上にいた頃よりも優れた波動紋を示すようになったというものだ。彼らの精神性の正体については今後の研究課題としている。

 私はその精神性を「驕り」と呼んでいる。

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