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短編小説

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日野あべしの短編小説をまとめたマガジンです。 短編小説を読んでくれた方で、他の短編小説を読んでみたいという方は是非ご活用下さい。
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記事一覧

満足、不満足

満足、不満足

歓楽街のチェーン店の居酒屋で二人の男が飲んでいた。片や穏やかに、片や熱を持って話をしている。
正反対の性格をした二人だが、二人は同じ会社の同期で、同じ営業職に就いていた。性格が真逆ではあるが、不思議と二人は歯車のように嚙み合っており、昔からこうして週末には二人で飲み、語るのが決まりのようになっていた。

「だから今の俺らのポジションじゃあ満足に働けねぇだろ!」
「まぁまぁ。とりあえず落ち着きなよ。

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優しさ

優しさ

私には日向さんという優しい先輩がいる。
私だけに優しい訳ではなくて、誰にでも分け隔てなく優しくしてくれる。
この前なんか重い荷物を持って階段を登ろうとしているおばあさんの荷物を持ってあげるなんて、今どき漫画にも出てこないようなことをする程優しい。
唯一欠点があるとすれば私の苦手な喫煙者だということぐらい。
だけどその欠点が気にならないくらい私は正直日向さんのことが気になっている。男性として、という

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あの子の楽しみ

あの子の楽しみ

休み時間。僕は自分の席に座っている。
僕はどちらかというと性格が暗い方で、一人で本を読んだり、窓の外を見たりしている事が多かった。
そう、多かったのだ。
「マサキくん、次の授業数学だって。超だるいよねー。」
「う、うん。そうだね。」
過去形なのは、最近この同じクラスのフジナミさんが僕の席によく来るようになったからだ。
「この前なんかさ。部屋でショート動画撮ってたらお母さん入ってきちゃって。せっかく

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間際

間際

ここはどこだ。真っ暗で何にも見えねぇ。
手足の感覚もなくて、ただ真っ暗だということだけがわかる。
ぼんやりと思い出せるのはバイクを走らせていて、何かに横からぶつかられて、宙に放り出されたということだ。
あぁ…なんとなく察した。俺は事故って、そして死ぬんだろう。
不思議と怖くはなかった。ただやんわりとした気持ちが俺の心を包む。
これはもしかしたら安堵しているのかもしれない。
やっと終われる。俺のこの

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静けさ包む

静けさ包む

雨が降っていた。
雨はしとしとと降り、今は雨粒を体では感じられない程度だ。
その雨はこのじんまりとした古い寺も濡らしていた。
小川にかかる石造りの小さな橋を覆う苔も雨に濡れ、生気を帯び、寺を覆う緑もその緑を深めている。
喧噪から遠く離れたこの寺は、静かに緑に包まれているようだった。

その寺には人はほとんどいなかったが、一人の男が腰掛に座っていた。
腰掛は濡れていたようだったが、男はそれを意に介し

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一人ぼっち

その男の子は一人ぼっちだった

少なくとも男の子はそう思っていた

誰も自分のことなど理解できない

その思いが男の子をより一人ぼっちにしていた

男の子は寂しく、辛く、悲しかった

男の子はあまりにも寂しかったので

命を投げたそうとしたこともあった

そうした時、男の子の周りの人達は涙した

その涙は明かりになった

男の子は自分の足元しか見えていなかったが

その明かりが男の子の周囲を照らし

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不幸を願う

不幸を願う

「それじゃこの件よろしくな。」
「うっす。」
今日も佐山は不愛想だ。ろくな返事も出来ない。
入社して3年目だが、まだ口の利き方も覚えないらしい。
仕事もそこまで出来るわけではなく、それに加えぶっきらぼうな態度を取る。
正直俺はこいつのことが嫌いだ。もし俺がこいつの面倒を見る立場になかったら絶対に関わらない。
だが現実はそうもいかず、若干イライラしながら仕事に行く毎日だ。
それが積もり積もって、あぁ

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理想郷を照らす光

理想郷を照らす光

その青年は、遥か彼方にあるとされる理想郷に向かっていた。

その理想郷では温かな光が満ち溢れていると聞いていた。

そこでは穏やかで満ち足りた生活をおくれるのだと。

その青年はその理想郷を目指し、険しい道を進んでいった。

道中青年は何度もその志を挫かれそうになった。

ある時は醜い現実を見せつけられ。

ある時は己のふがいなさに打ちひしがれ。

ある時は理想郷にたどりつけないのではないかと、不

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瞬間

瞬間

初めてルカさんを見たのはいつだっただろうか。
確か中学に入った、最初の方だった気がする。まだ私が化粧とかスタイルとかを全然気にしてなかった時だった。
中学の入学祝いで親がパソコンをプレゼントしてくれて、それで色んなものを見たり聞いたりして、その中の一つがルカさんのライブ映像だった。
それを見たとき、私の何かが外れた。
そのルカさんは本当に綺麗で、カッコよくて、もう言葉では表せないような気持で一杯に

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未来、先のこと

未来、先のこと

あなたは先を見ていた。

明日のこと、一年後のこと、十年先のこと。

私はそれが、とても頼もしく思えた。

将来のことを考えてくれてるんだと、安心した。

将来の話をすることも多くて、二人で目をキラキラさせながら話をしていた。

だけど次第にあなたはもっともっと先のことまで考えるようになった。

歳をとっていった先のこと、そして私たちには避けられない、別れのこと。

あなたはだんだん不安でいること

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残っていくもの

残っていくもの

実家の庭先で煙草の煙をくゆらせる。
実家には大きな庭があり、そこで煙草を吸うのがとても落ち着くのだ。
良く手入れされた庭を眺めながらボーっとしているのは、とてもいい。
聞いたところによると、祖父は昔そうとう羽振りがよかったらしく、その金でこの庭付きで平屋のこの家を建てたんだそうだ。

その祖父が死んだ。
最後は病院のベッドで家族に囲まれながら息を引き取ったのだ。死にざまとしては十分だろう。
良く叱

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吊り橋

吊り橋

「俺は絶対落ちぶれたりはしないからな!」
「わかったって。お前少し飲み過ぎじゃないか?」
ここは駅前のバー。バーと言ってもカウンター席だけではなくて、テーブル席もあり、落ち着いた雰囲気を漂わせつつも程よく賑わいのあるバーだ。
この二人の片方修人は、明日が休日だからなのか少し飲み過ぎているようで、もう片方の男にくだを巻いているようだ。
片やもう片方の明は修人に少し辟易した様子だが、そのままその席を抜

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魔物

魔物

「よーし、帰りのホームルーム始めるぞー。」
教壇で喋っているのは担任の高橋先生だ。いつも通りのホームルームの時間。皆学校の終わりで、少し浮足だっているようだった。
「この後どうする?」
「今日部活なんだよなぁ、めんど。」
「ほらぁ、騒いでるといつまでたっても終わらないぞー。」
はーいと気だるそうに返事をするクラスメイト達。これもいつも通りの光景だ。何事もない光景。こういう時、いつも僕はムズムズする

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嫌い

嫌い

「俺、たけしのこと嫌いなんだよね。」
「どうしたの、藪から棒に。」
今日は雨が降っていて、大学の構内も少し陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
二人が居るカフェは人もまばらで、ついつい暗い話題を選んでしまっていた。
片割れのみつるは少しイライラした様子も見受けられる。片やもう一方のひかりは中庭を静かに眺めていた。
「あいついつも一人でいるし、喫煙所で煙草吸いながらスマホ弄ってるばっかりだしよ。誰とも絡まね

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