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嫌い

「俺、たけしのこと嫌いなんだよね。」
「どうしたの、藪から棒に。」
今日は雨が降っていて、大学の構内も少し陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
二人が居るカフェは人もまばらで、ついつい暗い話題を選んでしまっていた。
片割れのみつるは少しイライラした様子も見受けられる。片やもう一方のひかりは中庭を静かに眺めていた。
「あいついつも一人でいるし、喫煙所で煙草吸いながらスマホ弄ってるばっかりだしよ。誰とも絡まねぇじゃん。」
「確かにそういうところはあるかもね。」
「大体服装もすきじゃねぇんだよ。奇抜だしさ。」
そこまで喋るとみつるはコーヒーをまずそうに啜った。
「本当にたけしのことが嫌いなんだね。」
「心の底から嫌いだね!うまが合わないっていうかさ!」
ひかりは少し冷めたココアを啜った。ひかりは甘いものが好きなのだ。
みつるは相変わらずイライラしていたが、それを気に留めずひかりは話を聞く。
みつるとひかりは正反対の性格のようだが、話をまくしたてるように話すみつる。それをひたすら聞くことが出来るひかり。プラスとマイナスが引き合うように、二人はかみ合っているようだった。
「私も人とそんなに絡む方ではないけど、嫌いじゃないの?」
「ひかりはなんだかんだ言って話聞いてくれるじゃん。人の輪を乱すようなこともしないしさ!」
「まぁ気は遣うほうかなぁ。だからあんまり人と居ると疲れちゃうんだよね。」
「たけしはさぁ!全然気も遣わないで、誰かと居る時もひたすら黙ってる時あるしよ!」
「ちょっと寡黙だよね。」
「ちっとはひかりみたいに気を遣って喋れってんだよ!」
「必要なことは喋るから、まぁ私はそこまでって感じかな。」
みつるは徐々にヒートアップしていた。
「この前のディスカッションの時も、なんかわけのわからない理屈こねて噛み付いてきたしよ!」
「そういえばあの時、みつる何も言い返せなかったもんね。でもあれはみつるの話は筋が通ってなかったから。」
「なんだよ!ひかりはたけしの味方するのかよ!」
「まぁまぁ。みつるのすぐ熱くなるところ、よくないよ?」
みつるはハッとするとバツが悪そうにそっぽを向いた。
「でもね…。たけしは話をするのは嫌いだけどすごく優しいんだよ。」
「やさしい?あいつが?」
「そう。おばあさんが重そうな荷物を持って歩いていると持ってあげたりしてるんだよ?たけしもバイトで疲れてるのに。漫画みたいでしょ?」
「そんなん…大したことねぇって。」
「でもみつるはしないでしょ?」
「う…まぁ…。」
「それに凄い頑張り屋さんなんだよ。」
ひかりはみつるの目をじっと見つめる。こういうときみつるは何故かひかりに何も言い返せなくなる。
「たけしの実家はすごい貧乏だけど、頑張って奨学金を使って、足りない生活費とかはバイトでお金稼いで大学通ってるの。それに煙草は吸うけど人の迷惑になるところでは絶対吸わないんだ。」
「…何でひかりはそんなこと知ってるんだよ。」
「私はたけしと話すことあるからね。」
みつるは冷めてきたコーヒーをまたまずそうに啜る。
しかし、ここまで話を聞いたみつるだったがそれでも収まらないものがあるようだった。
「でもだめだ。やっぱり好きにはなれそうにないわ…。受け入れられないわ。」
みつるは俯いて少し黙ってしまった。話を聞いて悪い奴じゃない面があるのはわかった。ただ心の奥底ではどうしても好きになれない自分がいた。
「俺おかしいのかな…。」
「いいんじゃないかな?それで。」
「えっ?」
みつるは俯いていた顔を上げた。そうするとひかりはみつるの目をまっすぐじっと見つめていた。
「人間なんだから皆が皆のこと好きになれるなんて嘘っぱちだよ。どうしても好きになれない人もいるし、逆にどうしても好きになってくれない人もいるはずだよ。」
こういう時のひかりは確信を持ったように話す。まるで世界のことをよく理解しているかのように。
「でもそれでいいと思うの。」
ひかりは何かを眺めるように中庭に目線を戻した。
「そうなのか?」
「うん。大事なのはそういう人が居た時に、否定するんじゃなくて丁度いい距離を取ることなんじゃないかな。」
「丁度いい距離…。」
「確かにその人のことが嫌いかもしれないけど、その人のことを大事に思っている人もいる。だから否定するのは違う気がする。だからお互いが傷つけあわない丁度いい距離を取って、お互い生きていけばいいんだと思う。」
「…そういうもんかな…。」
「うん、私はそう思うよ!」
ひかりはみつるに明るく笑いかけた。みつるもその顔を見て少し笑った。
雨は相変わらず降り続いていた。みつるはこれからもたけしのことは好きになれないかもしれない。
しかし、それでも、みつるは今までとは違ったあり方が見つかったような気がした。

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