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不幸を願う

「それじゃこの件よろしくな。」
「うっす。」
今日も佐山は不愛想だ。ろくな返事も出来ない。
入社して3年目だが、まだ口の利き方も覚えないらしい。
仕事もそこまで出来るわけではなく、それに加えぶっきらぼうな態度を取る。
正直俺はこいつのことが嫌いだ。もし俺がこいつの面倒を見る立場になかったら絶対に関わらない。
だが現実はそうもいかず、若干イライラしながら仕事に行く毎日だ。
それが積もり積もって、あぁこいつが不幸になってくれたらせいせいするのに…などと考えてしまうことがある。我ながら性格は良くないようだ。

「ふう…。」
今日は週末の金曜日。特に飲み会の予定もなかったので、早々に帰宅した。
最近は佐山のイライラを酒でごまかしている節がある。
今日もビールにチューハイに日本酒と、飲み明かす気満々だ。
こんな事ではいけないと思いつつもなかなかこの状況を打破できずにいる。
一時期は佐山との距離を少しでも縮めようと、昼飯に誘うこともした。
だが全て断られた。おそらく向こうには距離を縮めようだとか、そういう気はないらしい。
これも仕事だと、自分を納得させようとしたこともあった。
だがあいつの一言一句が勘に触る言い方をするのだ。もしくは自分の受け取り方の問題かと思い同僚に雑談がてら聞いたことがある。
その雑談相手の同僚も佐山の態度が悪いという認識らしい。そう聞いて俺だけではなく他の同僚にまでそんな態度を取っているのかとさらにイライラが増した。
そうして毎日毎日あいつにイライラしている。
「あぁ~!あいつ交通事故にでもあって足でも骨折しねぇかな!クソが!」
そうして今日も一人で酒を飲むときの恒例の言葉を吐き散らすのだ。

週明け会社に出勤すると、佐山が来ていないようだった。
「佐山か?あいつなら入院したよ。交通事故にあったらしくてな。」
上司から聞いた時、俺は一瞬思考が停止してしまった。
交通事故?俺が先週の金曜日に吐いた言葉はなんだったか。
「ちなみに足を骨折したなんてことは…ないですよね?」
「よく知ってるな。そうなんだよ、足の骨を折ったらしいんだよ。」
俺は一瞬背筋がゾッとしてしまった。
俺の吐いた言葉が現実になってしまった。しかも言葉通りのそのまんま。
「どうした?顔が真っ青だぞ。」
「いえ…なんでもないです。」
俺はそういって上司の席を離れた。後ろの方で上司が大丈夫かというようなことを言っていたようだったが俺の耳には届かなかった。
俺はその日は仕事に打ち込むことが出来ず、早めに切り上げて定時で帰宅した。
(佐山が交通事故にあって…足を骨折…)
帰路の電車の中でもそのことを反芻していたが、まさかそんな筈はない、たまたまだろうと思うことにした。それで心のしこりは残ったままだが。

次の日に上司から連絡があった。
佐山の足が今後動く見込みがなく、わが社のエレベーターのない環境では働くのは難しいということ、佐山の指導を行っていた俺が、会社を代表して佐山の見舞いに行くことになっているということだった。
正直気が進まなかったが、上司からの指示だったし、なにより佐山に会わなければならないと感じたので行くことにした。

佐山の病院に着く時になっても、俺の頭の中は整理されていなかった。
社交辞令で話せばいいとわかってはいても、例の不幸になって欲しいと口にしたその通りになってしまっていることがあり、なんだかもやもやしていたのだ。
申し訳ない?謝るのも違う気がする。
ただ佐山の状態をしっかりと受け止める必要があるだろう。

病室のドアをノックする。そうすると佐山の声でどうぞと聞こえてきた。
佐山を見た時少し痩せたかな、と単純にそう思った。
会社を代表して見舞いに来たことを伝え、一言二言言葉を交わした。
ぶっきらぼうな態度はあまり変わっていなかったが、憔悴しているような雰囲気は伝わってきた。
目はどこか虚ろで、肩は落ち、体に力が入っていないようだった。
俺はその姿を見て、暗い気持ちになった。
確かにこいつは気に食わないやつだ。正直自分の価値観とは合わないし、不幸になってくれたらせいせいすると思っていた。
だが現にこうして不幸になっている姿を見ると、ここまで辛い目に合わなくてもいいのではないかと、そう思ったのだ。
「じゃあコレ、見舞いの品だから…。」
「…うっす。」
そうして病院を後にした。

帰りのタクシーの中で窓の外を見る。
窓の外にうつる道行く人々の中にも、もしかしたら不幸になって欲しいと願うやつはごまんといるかもしれない。
現に不幸になって欲しいと願うやつは確かにいた。
だが今は、不幸にならなくてもいい。ただ自分とは違う世界で、もし同じ場所に居るならせめてお互いの領域に踏み込まないで、生きていって欲しいとそう願うのである。

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