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あの子の楽しみ

休み時間。僕は自分の席に座っている。
僕はどちらかというと性格が暗い方で、一人で本を読んだり、窓の外を見たりしている事が多かった。
そう、多かったのだ。
「マサキくん、次の授業数学だって。超だるいよねー。」
「う、うん。そうだね。」
過去形なのは、最近この同じクラスのフジナミさんが僕の席によく来るようになったからだ。
「この前なんかさ。部屋でショート動画撮ってたらお母さん入ってきちゃって。せっかくよく取れてたのに超最悪!」
「うん、それは最悪だね。」
「でしょー!ほんと最悪!あ、そういえばこの前ネイル変えたんだけど、先生にもばれないやつですごい気に入ってるの!見る?」
「う、うん。」
「綺麗でしょ!ちょっと大人っぽくて気に入ってるんだ。そこのネイルの人がさ…。」
フジナミさんは休み時間になるといつも僕の席に来て、ずっと喋っている。
昼休みはクラスの女の子たちとお弁当を食べているようだが、そこでひとしきり喋り終えるとまた僕の席に来てずっと喋る。
僕はフジナミさんが喋るのをただ聞いてるだけ。相槌を打つぐらいしかしていない。
僕から喋ることはほとんどなくて、たまにフジナミさんが質問してきた事に答えるぐらいだ。
「あ、次の授業始まるね。あー数学面倒くさいなー。じゃ、またね!」
そういってフジナミさんは自分の席に戻っていった。
「おーう、授業始めるぞー。席に着けー。」
数学のオオマエダ先生が入ってきて数学の授業が始まる。
そういえば初めてフジナミさんが話かけてきた時も、数学の前の休み時間だった。
あの時もよく喋ってはいたが、今と違って少し影があるように感じた。覇気がないというか、何か空回りするような印象を当時は受けたのだ。
最近はすっかりそういった影も感じなくなり、明るい女の子、という言葉がぴったりの雰囲気に変わっていった。どちらかというとそれより前のフジナミさんを知らないが、元に戻ったのかもしれない。
だからこそ謎だ。なぜそんなクラスに馴染んで、他の子達とも仲良く楽しくできているフジナミさんが、こんな暗くて教室の隅っこで一人でいる僕に話かけるのか。
正直、女の子に話かけられるのは嬉しいが、以前それを見たクラスの中心にいるような子達がそれを見てヒソヒソ話しているのを目にした事がある。
僕はクラスには馴染めていない。だからこうして一人でいるのだ。
迷惑とは言わないが、クラスの人から変に注目を集めるのは正直困る。
それにフジナミさんは僕なんかと話しをするより、他の子と話をする方が楽しいんじゃないかと、そう思うのだ。
僕みたいな冴えない男子と話すよりは。

昼休みに入り、フジナミさんはお弁当を食べ終わった後、いつも通り僕の席に来て話始めた。
「それでさぁ…。」
「フジナミさん。」
会話を遮られてフジナミさんが少しキョトンとした顔になる。それに構わず僕は続けた。
「…ど、どうしてフジナミさんは僕によく話しかけてくれるの?」
フジナミさんは僕から質問をされて少し虚を突かれたようだった。
「どうしてって…。」
「僕なんかより他の子達と話してた方が…絶対…楽しいよ。」
僕はそして少し俯いた。
ちょっと怖くて、フジナミさんの顔をを恐る恐る見上げたら、そこには初めて見るフジナミさんの怒っている顔があった。
「私の楽しいをあなたが決めないで!」
フジナミさんは少し大きな声でそういうとこちらを振り返りもせずに自分の席に戻っていった。
近くで談笑していたクラスメイト達が一瞬ギョッとしてこちらを見ている。
「はーい、午後の授業始めるわよー。」
そうして何事もなく午後の授業が始まった。
その日、フジナミさんは僕の席には来なかった。僕は家に帰るまで一人だった。

次の日、フジナミさんと顔を合わせるのが怖くて、僕は憂鬱な気持ちで学校に登校した。
午前中、フジナミさんは僕の席に来なかった。
おそらくフジナミさんとの縁はこれで切れてしまっただろう。
女の子と話せなくなって少し残念な気もしたが、その反面ホッとしている自分もいた。
でも一人で過ごす休み時間は少し長かった。
お昼になって一人でご飯を食べようとお弁当を広げたら、フジナミさんがこちらに近づいてきた。それだけで僕はどぎまぎしていたが、フジナミさんはそんなの構わずに僕に話しかけてきた。
「マサキくん。ちょっと来てもらえる?」
「…はい。」
もう僕は怖くて怖くてたまらなかった。
フジナミさんの後をついて歩いている間、正直生きてる感じがしなかった。
フジナミさんの向かったところは屋上につながる階段の踊り場だった。
「マサキくん。」
「…はい。」
僕はこれからコテンパンにされるのかもしれない。
クラスに馴染めない僕が女子にコテンパンにされたら、その後クラスでどうなるかは容易に想像がつく。
あぁ、終わった。
「昨日はごめんね。ちょっと熱くなりすぎちゃった!」
「え?」
フジナミさんは少しバツが悪そうにえへへと笑う。
今度は僕がきょとんとしてしまった。
「帰って頭冷やしたらちょっと強く言いすぎちゃったかなーなんて反省したの。だからごめんね。」
「え、あ、いや、全然大丈夫というか…。」
「でも、私の楽しいをマサキくんに決めてもらいたくないのは本当かな。」
「…ごめんなさい。」
フジナミさんは今度は少しいたずらっぽく笑った。
「…でも、フジナミさんは僕と話してて…楽しいの?」
「うん、楽しいよ。」
フジナミさんは僕ではない少し遠くを見るような目で僕を見た。
「マサキくんと話してるとね…お父さんのことを思い出すの。」
「思い出す?」
「うん、お父さん、お母さんと離婚して、一人で死んじゃったんだ。」
僕はそれを聞いて何も言えなかった。大人ならわかるのかもしれないが、今の僕にはこういう時になんて言葉をかければいいかわからなかった。
「だからお願い。またマサキくんとお話させて貰ってもいいかな?」
「え、えっと…僕は…。」
「答えはまた後でマサキくんの席で教えて?」
そういってフジナミさんは僕の方を見ずに行ってしまいそうになる。
「フ、フジナミさん!」
僕は普段めったに出さない少し大きな声を出してしまった。
少し恥ずかしかったが、それでも僕は続けた。
「い、いつでもいいから!僕でよかったら!いつでも話をするから!」
僕はそのあとはただ顔を真っ赤にして少し震えていた。
「…ありがとう。」
フジナミさんは少しはにかんだような顔でそう言って、駆けていった。

フジナミさんはその後、また休み時間になっては僕の席に来ていつも通り話をする。
少し今までと雰囲気が変わったのは、僕の錯覚なのだろうか。

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