音楽が私の思い出を保持してくれてる

私の演奏遍歴を記しておくと。

祖父の宅にヤマハのUピアノがあった。伯母もピアノ教室の先生をしてる。「一丁、稀代の天才ピアニストになってやるか」と意気込んだ幼少時、手が小さい私は稽古の度に「指がもげる」と駄々を捏ねて一向に上達しなかった。挫折。ギターはどうだと始めてもFを前に「指がもげる」と挫折。歌声なら…指はもげないが羞恥心に心がもげ挫折。

以上である。ザコぉ。

それからは聴き専の人生で、学

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天体観測

『きっかけ』は些細な姿をして、前触れもなく現れる。
 
それは姿形を変えて、陰陽な日々に潜んでいる。希望の最初の姿は恐れであり、悲しみは初対面喜びであったりする。もしかしたら『きっかけ』というやつは全て同一人物なのかもしれない。
 
さて、何かを始めるきっかけと、何かを終えるきっかけは、どっちが得難いのだろう?子どもがウルトラマンとゴジラどっちが強い?なんて考えるように無益な空想に耽ってみる。そも

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どんなときも。

日曜日、暗黙の一室から歪な響動が。
覗いてみると弟が鍵盤を叩いていた。猫踏んじゃったを、へたくそに。この部屋を覗くのも二年ぶりになる。埃塗れの空間を想定したが、その空間は昔のまま、程よい温湿を保っていた。
 
弟は俺に気付くと演奏をやめた。アトラスのグランドピアノ、木目調…もうこの家には必要ない置物だ。弟は俺を見やる。
 
「調律駄目?」
「うん、滅茶苦茶。売るかそれ。結構良い値するっしょ」
「勿

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さくらんぼ

自宅警備員の一日は長い。中身は無い。
自宅警備員の歴も長い。二年になる。

「彼女ほしい」

ポツリと口に出た。誰もいない部屋で今、無意識に、彼女ほしいと言った。空虚。圧倒的空虚。

若い頃はピアノを弾く男というステータスだけでモテた。なのに拗らせた自分は「色恋に現を抜かす暇はない」なんて馬鹿なことを宣っていた。内心ストイックな俺、格好良いと。

今は切に思う。彼女ほしい。
大塚愛の『さくらんぼ』

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シカゴ

刑事にアンパン、駆け出す女学生に食パンのように、人にはお決まりの食べ物がある。自宅警備員にとってのそれは『辛ラーメン油そば』だ。
 
先ず麺と加薬を規定の時間茹でます。器にごま油大さじ一杯、その縁を囲むようにマヨネーズを適量注ぎ、粉スープを半分ぶち込み、茹で上がった麺と絡ませて頂く。これぞ漢の勝負飯。自宅警備員は辛い料理を食べる事くらいしか戦うことがないのである。
 
弟に振舞った。感想は一言「ち

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夢みる機械

ゲームと言えば64派で、ゲーム音楽と言えばレア社だった。
 
漠然とした憧れからゲーム音楽を作りたいと伝手に伝手を辿り、例の合併した超大手会社のスマホゲームに数曲BGMを提供したことがある。こりゃ、大金持ち待ったなしだなと思って振込料を見るとたまげる金額だった。悪い意味で。これがフリーランスの弊害か…。
 
これから養ってやると弟に豪語していた手前、死ぬほど恥ずかしかったし、苦労して手に入れた仕事

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tomorrow

引きこもりのハードルとやらは年々下がって来てるように思う。というか、引きこもりの定義も曖昧になってるのではないか?そこで調べてみた。どうせ引きこもるなら由緒ある正当なヒッキーになってやろうと。
 
そこで判明したのだが、日本の引きこもりの始祖は天照大神(アマテラスオオミカミ)との説があった。日本の最高神が引きこもりとな。全てが許された気がした。余の後ろには神。
 
厚生労働省の定義では「『仕事や学

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ひとりの夜を抜け

「優等生に弾いて何が楽しいの?」母は幼い俺によく言った。「どうして楽譜通りに弾けないの?」とも。小さな家庭の細やかな禅問答だが、結局俺は悟りを開けなかった。結果、生産性のカケラもない引きこもり音楽家(34歳)が爆誕した。
 
引きこもってるなら有り余った時間でスキル向上し放題じゃないか!とお考えの人は待ってほしい。引きこもりがすることと言えばネットサーフィンか、ピリカピリララ位だ。研鑽の時は無い。

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風をあつめて

弟に養われている。もしくは。
弟に飼いならされている。ならば。
 
両親が残した実家はだだっ広い、オートロックのマンションの一室。エントランス付き、エレベータは静音式、インターホンは画像付きだ。このマンションのとある一室には有名なフィギアスケーターがいたり、高名な作家がいたりするらしい。俺には何も関係がない。
 
引きこもりの元音楽家、34歳、体毛の薄い中年野郎。対する弟は編集者、29歳、端正な顔

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