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『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(13)デリカシーを、君に

クリスマスを誰かと過ごそうなんて、もう何年も考えたことがなかった。当たり前のようにクリスマスも仕事で、勤務しているアパレル店でクリスマスのギフトラッピングに勤しむのが、もう毎年の慣わしだった。

昨年2023年のクリスマスイブ、仕事を終えると、明日会う予定のおじさんからLINEがきていた。

「明日の浅井くんのバンドのライブ、ゲストは入れられるんだけどテンパイ以上にチケット売っちゃってるから、行ってみても入れるかどうかわからないって。渋谷行かず吉祥寺で飲みましょか(笑)」

クリスマスは渋谷へ浅井のバンドのライブをおじさんと観に行く予定だった。おじさんとの飲みよりも、ライブに行くのがまず第一前提で楽しみにしていた私はショックだった。このクリスマスに至るまでの連勤、これを乗り切って頑張ればライブ!と思っていたのに。

しかしかく言う私も、てっきりおじさんが誘ってくれたので、またゲストで入れてもらえるものだと思っていたのが、甘かった。12月になって浅井のバンドが活動休止を発表した途端に、速攻でチケットが売り切れたのだ。普段はなかなかソールドアウトしないのに。その現象は解散やら活動休止を発表したバンドあるあるかもしれないけど、普段からみんな観に行けばその窮地に追いやられずに済むのに。切ないけれど、私たちが好きなものに対して費やす時間もお金も限られていて、情報過多、コンテンツ多様化の時代にそれが比例して増えるわけじゃないから難しいところだ。

私はおじさんをあてにせずちゃんとチケットを確保しておくべきだったが、コロナ禍において、自分がコロナに罹ったり、職場の人が罹ったりして、チケット取ったのに行けないライブが数回あってチケットを無駄にしていまい、慎重になっていた面もある。

前回「擬似でもリア充」発言をしたおじさんと、その後にこのやりとりがあった。
チケットは売り切れている状況、背に腹はかえられぬとおじさんに連絡した。
「すみません、クリスマス休みは取れたのですが、肝心のチケットは売り切れてしまって」

「あー、ゲストで入れてもらえるよう頼んでもいいけど、あのライブハウスのスタッフに君、顔割れてる?」
「メンバーの彼女とか、知り合いに見つからないように出入りは時間差で、俺対バンは観ないから後から入る。バレないように完璧な計画立てないとなあ(笑)」

また周りの人を気にするパターンだ。
私はそこのライブハウスでも、とあるバンドの手伝いで裏方スタッフとして入ったことがあるけど、さすがにライブハウスの店員さんにまで顔は覚えられてはいないはずだ。顔割れてるって……また犯罪者みたいな扱いに心が傷んだ。

「私のことは知らないと思います」

「じゃメンバーに頼んでみますね、たぶん大丈夫だと思う(笑)」

たぶん大丈夫じゃなかった。
大丈夫じゃない連絡が、前日に来た。

この渋谷のライブハウスはキャパが250人でソールドアウトしていると、かなりギュウギュウになる。サーキット型のフェスで、ここの会場が入場規制になった時を思い出すと入れてもライブを観るのはかなり大変だ。この時はコロナ禍のソーシャルディスタンスで観るライブに慣れてしまった後で、混み合ったフロアでライブを観るのもまだ抵抗があった。ライブは楽しみたいけど、私は販売の職業柄、年末年始は仕事で絶対に病欠できないのだ。

とても残念だけどおじさんに従うことにした。
行ってもフロアに入れなかったら、より残念だ。
チケット取り損ねた自分が悪いのだけど……。

残念なお知らせをしてきたのにもかかわらず、おじさんはまた上機嫌そうだった。クリスマスイブ、この日は村井が吉祥寺でワンマンライブをやっていておじさんはその打ち上げから私に連絡してきたのだった。もしかして、おじさんは今日のライブに満足して、明日もう行かなくてもいいやという気持ちになっているのではと少々疑念がわいた。ゲストは実際に頼んでなさそうな気がした。

打ち上げは、私が教えて先日一緒に行った外装が派手な中華料理店に行ったらしい。翌日おじさんとクリスマスもそこに行く予定だった。

今は打ち上げの二次会で、村井のバックバンドをやっているドラムの子と飲んでいるそうだ。中華料理店を出て、半分外みたいな立ち飲み屋にいるらしい。

「村井くんは主役だけど、一次会で帰ったよ。村井くんは家に帰ってサンタやらないといけないからね(笑)」

おじさんはけっこう酔ってるようでLINEで軽口を叩いてきた。鈍感とはいえ私によく言うな、そんなことを。そして、そんなことを言われてみると未だにショックで受け流せなかった。かつて村井に妻子がいることが分かった時、その後しばらく道行く幸せそうな親子連れを見ただけで、動悸が止まらなくなった。そんな親子、吉祥寺に向かうまでの道に日々沢山溢れている。特に土日、井の頭公園付近はわらわらいる。私は駅までバスに乗って、そういう親子連れが沢山いる道では目をつぶって視界に入らないようにまでしていた。

村井はクリスマスが誕生日だった。
それでクリスマス前後にライブをするのが毎年恒例だった。
昨年死んだポーグスのシェイン・マガウアンもクリスマス生まれだった。クリスマス生まれはイかれた人が多いのだろうか。
村井の誕生日に私を誘うとはおじさんもなかなかだけど、それくらい村井のことはもう気にしないようにしたのかとも思った。

そうか村井は自分の誕生日に子供たちにプレゼントを贈るのか、時が経っても生々しい痛みが蘇る。おじさんの言葉をそのまま受け取ると、まだサンタ役ができるのであれば、家庭は円満なのだろう。

そんな軽口を叩くおじさんに苛立って
「頑張って休んだのに、私は明日は飲みに行くだけのクリスマスです」
と返信すると
「良かったですね、俺と飲めるんだから(笑)」

暖簾に腕押し、私の皮肉も通じず、おじさんの軽口が止まらない。
時間はもう0時を過ぎていた。

「自分は終わることがわかってるバンドのライブ見るの苦手なもんで、(ライブに行けないのが)ちょうど良かったと言えば良かった(笑)」

私の気持ちは一切無視してまたポンポンメッセージが飛んでくる。私はライブが観たかった。第三者が見ても、今この状況においてお前(おじさん)の気持ちはどうでもよいと百発百中つっこまれるところだ。

「というわけで明日は夕方からデートです(笑)
擬似でもリア充ですからね(笑)」

「なんなら会っていきなり腕組んで歩きましょう(笑)」

またあきれて返信できなかった。
外も寒かったけれど、ドン引きし過ぎてまた低体温症になりそうだった。

翌る日のクリスマス当日の昼、おじさんからのLINEに目を疑った。







「すみません……発熱」


まじか。

前日の軽口叩いていたノリから、最初は面白くない冗談を言っているのかと思った。あの流れにこの一文がくるのはつまらないギャグとしか思えず、心配より先にドン引きしてこう返してしまった。しかも前日におじさんはもう同じ店の中華も食べているから、実際めんどくさくなった可能性も否めないと思ったのだ。

「本当ですか?今日めんどくさくなったからじゃないですよね?」

おじさん曰く
「今日の仕事もキャンセルです」
「昨日の最後の立ち飲みが外だったせいだ」

「そうですか、お大事にしてください。体調の方が心配ですけど、私はショックです」
はぁーーと思いながらも、本当に具合が悪いなら仕方ないと思って返信した。

「早く家に帰って暖かくして寝ます」

……ちゃんと謝るよりも先にそれを自ら言うか……!それはこちらの気遣うセリフである。それもぐっとこらえて返信した。

「おつらいですね、早くお休みください」

おじさんから瞬時に返信がくる。

「穴埋めは盛大にやりますので」

「朝までは行く気満々で格好もちゃんとしてきたのに、ちゃんとした格好で病院に来た人になっちゃいました……(笑)」

おじさんは一応コロナやインフルエンザではなかったらしい。それは良かったものの、また気に障ることばかり言う。

「ちゃんとした格好で中華食べる予定だったんですね。風邪なら仕方ないですが、私としては今年最後にまたつらい案件発生です。ギャグみたいですね、いや罰ゲーム?」

おじさんのちゃんとした格好、見たかったもんである。GUではないのだろうか。

「私は他の予定や他に会いたい人もいたけど、今日を優先したのに残念です」

おじさんは私が苦労して得たクリスマス休みの重みを理解していない。そして信じられないことを言う。

「浅井たちのせいだ、あいつらが活動休止したのが悪い」

具合が悪いのは本当に仕方ないことだ。それはよりコロナ禍を経て、どうしても体調不良による急なドタキャンは発生する、それは嫌というほどわかっているし、大抵のことは許せる。しかし、その中でも外せない日というのは存在する。そこを外してくるおじさんはやっぱり逆に仕上がっている。たとえ外してしまっても人徳のある人ならすんなり許せる。おじさんは昨晩のノリから、ちゃんと謝罪しないことが本当に許せなかったし、挙句人のせいにするのが情けなかった。

「明日もたまたま休みだったので、今日思い切り楽しみたかったのに残念です。予定なくなっちゃって困りました」本当に残念な気持ちと皮肉を込めて送った。

秒で返信がくる。
「明日熱下がったら、ご飯いきましょうよ」

その発言にまたドン引いた。
頼む、少しは考えて発言してくれ。

おじさんは今日明日の話で人に風邪をうつす心配はしないのだろうか……しかもさっと会うだけでならまだしも、ご飯食べるのはまずいだろう。私は年末年始仕事だって前にも話したはずなのに、病欠できないのに……とこのまま書いて送ろうかと思ったが、ぐっとこらえて

「今日の明日じゃまだお身体おつらいと思いますので、とりあえずゆっくり休んでください。でも私としてはショックなので、今日落ち込むのは許してください」
と返信すると

「なんとでも言ってください」
と返信がきた。
おじさんからは申し訳なさが、まるで伝わってこなかった。自分の気持ちだけで動いているから、本当に悪いことをしたと思っていないのだろう。ドタキャンしても心が痛まない人なのだろう。完全なる徳のない人だ。孤独死まっしぐらな生き方だ。

熱出てしまった、病院行っても無理だった、まで確定してから連絡してくるのなら、最初の一文が
「すみません……発熱」よりマシな一文を送ってほしかった。何で謝罪が片言なんだ。

うまくいかない時というのは、本当に何もかもがうまくいかない。この状況があまりにみじめだった。罰ゲームだった。こんなことで泣きたくないのに、部屋でおいおい泣いてしまった。つらくてベッドから起き上がれなかった。また何もかもうまくいかなくてベッドで泣いているイーニドのままだった。もうズタズタの心の根っこがポキーンと折れる音がした。

そして、私はSNSに「クリスマスなのに最悪、みじめすぎてもはやギャグ。笑えないけど、笑うしかない。せめて笑ってほしい」と投稿した。
ギャグで死にたい、と本気で思った。

どうしてこんな気分なんだろう。
『死ね!クリスマス』藤岡藤巻が脳内にずっといて私を慰めた。今回はフワフワの白い犬ではなく藤岡藤巻だった。幼少期でさえ、サンタクロースの存在なんて信じたことのなかった私だけど……
『サンタさんへ、デリカシーのあるまごころを、おじさんに、プレゼントしてあげてください。まだ子供みたいだから』
とあてのないサンタに嘆願したくなった。

その日は動けず、家にあったレトルトカレーを食べた。
あれほど飲みたかったビールを飲む気もおきなかった。

おじさんから穴埋めの連絡はこなかった。
神様は居ないようで、居るような気がしたけど、やっぱり居なかった。

脳内BGM
水中、それは苦しい「ヘイ!40℃」
ダンカンバカヤロー!「ギャクで死にたい」
(今回は2曲です)

その①水中、それは苦しい「ヘイ!40℃」
この話にはやはりこの曲。
歌詞に坂本龍一が出てくるのもポイント。

その②ダンカンバカヤロー!「ギャグで死にたい」
身に起こったことがギャグ展開すぎて、ギャグで死にたいと本当に思った。文中に歌詞を引用させていただきました。

そして文中に出てきた藤岡藤巻はこちら
『死ね!クリスマス』

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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