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『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(12)擬似でもリア充

「病んでますねぇ(笑)今度会ったら、ダイナソーの顔をした君を抱きしめますよ(笑)」

と11月の終わりにおじさんからまた唐突にLINEがきた。深夜で、たぶん誰かと飲んだ帰りに連絡してきたような、浮かれた感じが察せられた。

「……(はっ?ダイナソー?)」

失恋の翌日、映画『ゴーストワールド』を観た(前回の第11話参照)
レベッカと会えたことで一命はとりとめたが、渋谷のドトールの帰り道から、その後のこともよく覚えていないくらい私は落ち込んでいた。裏アカという概念のない私はSNSでも病んだ投稿をしていた。同情されたいわけでもない。ようやくここに整理して書いているけど、まず痛みの説明が難しかった。痛みを解放する術もなく、気持ちが追い詰められていた。言葉を発すれば発するほどより「イタイやつ」になるのはわかっていたけど、黙っていると押しつぶされそうで、ただ抽象的に痛みを吐露するしかなかった。おじさんはそれを見たのだろう。

実は今も起きると胸が押しつぶされるように痛いし、ここ半年間ずっと今までなかったストレス症状で体調がおかしい。心の負債のトドメが地味に身体を蝕んでいる感じだ。なかなかに末期である。しかし、心のフタを開けて向き合うことに逃げてはいけない時が今なのだ。

おじさんの言うダイナソーとはダイナソーJr.のことだ。
私はダイナソーJr.のカセットテープをインスタにあげていた。

昨年2023年、銀杏BOYZがあの2枚の名盤のファーストアルバム『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』と『DOOR』をカセットでリリースしたのをきっかけに自分の中でカセットテープブームが起きていた。

私は90年代、MDが出て真っ先に買ってもらった時代の人なので、カセットにそこまで思い入れがなかった。むしろCDより劣化した音で、扱いもめんどくさいイメージがあったが、それはCDやMD中心の時代の人の感覚であり、デジタルにはない、アナログのカセットの良さを今さら知ることとなる。

まず、カセットプレーヤーを新しいものを買った。今時はカセットプレーヤーでもBluetoothでワイヤレスイヤホンでも聴けるし、スマホから音楽をカセットに録音もできる。その古いのに新しい姿にまだ慣れない。昔からの知り合いが、ハイセンスになって突然目の前に現れて戸惑ってしまったけれど、心根は昔と変わらない、そんな感じ。

映画『ゴーストワールド』でもイーニドがカセットテープをがちゃがちゃしている。彼女が髪を緑色にして自室で踊っていた時に聴いていたのは、バズコックスのカセットだった。あのシーンがとても好きだ。20年以上の時を経て、また自然とあの感じに戻った。

銀杏BOYZのもう何遍も聴いた『DOOR』をカセットで聴いた。銀杏BOYZを聴くようになったのは大学院を中退した時だった。その時も病んでいた。勉学も恋も将来のことも何もかもが中途半端だった。それまであまり興味のなかったパンクロックが心の真ん中にきた。私は毎晩、映画『アイデン&ティティ』のDVDを自室で観て泣くことしかできなかった時期がある。

その後、銀杏BOYZは好きを通り越して聴けなくなった。心を巻き込む力が強いから、その影響力の強さに恐れをなして、救いだったのにも関わらず実は一度CDも本も捨ててしまった。新しいファンが増え続けているけど、今でもあの時からずっと銀杏BOYZを聴き続けている人の方が少ないと思う。周りにいた熱心な信者たちもいつの間にか大人になっていた。みんなたとえ同じものが好きでも、凡庸な私たちは大森靖子にも空気階段にもなれない。離れてしまった人は私と似たタイミングがあったと思う。そのまま大人になれずに、心の底から好きだった人とも別れて私は病んでしまって、また銀杏BOYZが必要になった。銀杏BOYZを買い直してまた聴いた、死にたくならないように。

そんな時期を経て、何遍も聴いたアルバム『DOOR』を改めてカセットで聴いて、冒頭の「十七歳(…cutie girls don't love me and punk.)」の一音目からボガーンとやられた。またはじめて聴いた時みたいな衝撃があった。歌もギターもベースもドラムもまたさらに野生的に胸に飛び込んできた。

峯田は叫ぶ
『現実なんて知るもんか
……
大嫌い僕自身』

アラフォー、中年の年頃はミドルエイジクライシスという中年の危機、第二の思春期と呼ばれて今までの人生に疑問を持つ時期と言われる。仕事も役職についたり、家庭でも子供が大きくなったり、親の介護が必要になったりライフスタイルにも変化があり、ストレスを感じたり不安になったりするというもの。

年齢相応に生きてこられなかった私には程遠い悩みだった。ひとつだけ、想像以上に早くその時がきてしまった、何よりも悲しい本当の悲しみを抱えてはいるけれど。
第二の思春期どころか、まだ10代の思春期とそんなに変わらない気すらする。一旦大人になった風で、ゴムパチンコを力の限り思い切り引いたはずだったのに、力加減がわからなくて全く遠くに飛ばす同じところに落ちた感じだ。そして今さらそのうまく使えないゴムパチンコのレクチャーを他人に頼めない。

アラサーの時も焦って不安で、なんとかしようともがいたものの、それが空回ってずっと同じ道をぐるぐる回って先に全く進めないうちに、あっという間にひとりぼっちのまま、貧しいまま、先の見えないアラフォーになるというホラーが起こってしまった。あまりに直視したくない現実が今だ。

『大嫌い僕自身』
今でもまるでそうだ。

前回『ゴーストワールド』を観て(第11話参照)レベッカと合流する前、少し時間があったので私は渋谷のタワーレコードに寄っていた。今にも死にそうな足取りで、少し前から売り場の展開が拡張されたカセットテープのコーナーを見ていた。そこで目が合った。私と同じ死んだ魚の目をしている不気味な顔の生き物と。それがダイナソーJr.の『Without a Sound』のジャケットだ。カセットの長方形のジャケットはよりそのウサギのような不気味な生き物が目立つデザインになっていた。

そのカセットの一曲目は名曲「Feel the Pain」だ。あえて傷だらけの今「Feel the Pain」 をカセットで聴くのも面白いのではないかと思いついてしまった。 あえて傷にPainを塗る。 激痛……誰も幸せにならないギャグ。聴き倒した作品で、 CDでもサブスクでも聴けるのにあえてそれより高い新品のカセットを買うのもどうなんだろう……とも思ったけど、好きな作品ほどあえてカセットで聴く心地良さにも気づいてしまったし、好きな作品はもうずっと好きで聴くだろうし、このカセットの佇まいも良い...…
不気味な生き物のジャケットのカセットを聴いたらやっぱりカセットの良さがあった。

好きなフレーズがよりぐっとくる感じはなんなんだろう。
Jマスシスのギターも、か細い歌声も。

「Feel the Pain」でJは歌う。
『みんなの痛みを感じる
そして次は何も感じない』

そうだった、痛みは通り越すと、記憶喪失になるくらい無になるんだった。またその空虚に襲われるのが怖かった。

化け物顔した私をおじさんが抱きしめてくれるという。
冗談であってほしいけど、この時はもうおじさんにすがってしまいたかった。独りで心が追いつめられていて、この時おじさんから連絡がきてありがたかったくらいだった。イーニドとシーモアぐらい、私とおじさんはまだぶつかり合ってもいない。わかり合えないことはわかっていたけど、独りでいるのが辛かった。おじさんはたぶんこの時は誰かと飲んで、気が大きくなっていたのだろう。

うまくいかなくても、ひとりぼっちでも、たまに消えたくなっても、その時々のさみしさを埋めようと自分の気持ちを大事にしてくれない人と居ても時間の無駄で余計に消耗して、疲弊して何も残らない、と今なら思えるけれどこの時は無理だった。

「浅井くんのバンドがクリスマスにやるライブ行きますか(笑)良かったらその後飲みませんか(笑)」

バンドのライブは観たいけど、クリスマス……昨年のクリスマスは平日だったけれど販売業はなかなか休みにくい。その日前後に、他にも行きたいライブもあったし、そこで久しぶりに会いたい人もいたが、その予定を優先してクリスマス頑張って休みを取った。スタッフの人数の限られた職場は休みたい日に休むのも一苦労なのだ。

またおじさんに変なことを言われても、とりあえず誰かと居て、美味しいビールが飲めたら良かった。別にクリスマスじゃなくても良いのだけど、ビールをどこかほっとした気持ちで飲みたかった。たぶん失恋後、脳内で「♪飲もう〜」とずっと森高千里の『気分爽快』が流れていたせいもある。あの歌の主人公は失恋しても、相手を応援する気丈さやら心の広さを持って気分爽快になれたわけで、私が手に入れようとしていたのは、いっときのまやかしの何も現状は変わらない気休めの気分爽快だったけど、それでも良かった。蜘蛛の糸を掴むような気持ちだった。

おじさんに、クリスマスは仕事を休めることになった旨を伝えると

「良かった(笑)
今年は脱クリぼっちですね(笑)
擬似(カップル)だとしてもその日はリア充ですね(笑)」

誰でも良かった私にも非がある。
しかし苛立つものを抑えられず返信できなかった。
久しぶりに聞く、クリぼっちというワードもなかなかにゾワゾワした。

擬似でもリア充、おじさんはまた強烈な逆ワードセンスを発揮しているけど、今となってみれば、皮肉にも心の負債で首が回らなくなっていた私を表すには打ってつけの言葉だったかもしれない。現実も感情も見ないフリして、取り繕って、充実しているように見せかけるのに必死だった私に。

そしてその後、クリスマスを迎える前に、立て続けに悲しいことが起こる。

浅井のバンドの無期限活動休止が発表された。
チバユウスケが死んだ。

ショックを受けている私に、おじさんは
「バンドって解散するんですよ」
「生きるって大変なんですよ」

などと、正論というか、当たり前体操100回かましてしまうような、わざわざ言わなくて良いことを言ってきた。さすがにこの時は(笑)はついてなかったけど。いつものよく考えずに瞬時に返信がくるパターンだ。昨年(2023年)は好きなバンドが、相次いで解散したり活動休止を発表した。少しでも私のことを知ってくれる人なら、そんなこと言わない、というか言えないし言う必要がない。しかも私はおじさんが携わったバンドが解散したり、活動休止したりした歴史を四半世紀見てきた。それをおじさんが知らないわけがなかった。今まで知らなかったことを知らせるような口調はなんなんだろう。単に言葉を知らないのか、言葉不足なのか。また良いことを言おうとして失敗してるパターンか。

同じことを言うにしても「バンドは解散するものだけど、いざそうなるとつらいよね」などと言えば当たり前を言っても、寄り添えるのに。短文メッセージアプリの弊害か。なら当たり前を削って「つらいですね」「ショックですね」の方がまだマシかもしれないが、そもそもおじさんはそういう他人の気持ちを考えることができないから、今までのドン引きストーリーがあるのだけど。タイパ重視で瞬時によく考えずに短文をポンポン送ってくる。しかし受け取った方が、そのタイパに見合わないくらい長いことモヤモヤして非常に心理的にコスパが悪い、という事態になっていた。

にしても、たぶん小学生でもわかることだ。バンドが解散することも、生きるのが大変なことも。

わざわざ正論(というかわかりきってること)を言う無粋さは人を傷つける。

そしておじさんは言う。
「今年(2023年)できっと君のつらいことは全部終わりますよ(笑)」

そんな都合良く終わらなかったのだった。
おじさんの適当な大予言はおじさんの手によって覆される。
私はまたダイナソーJr.の不気味な生き物の顔になった。
気分爽快にはなれなかった。


脳内BGM
トザマナー『空虚な感じ』

『孤独が匂う君と僕とで分かり合いたい』
分かり合いたかった!
昨年リリースされた曲ですが、長い時を経た感情もひっくるめてとても身にしみた曲です。そして今まさにタイトル通り、空虚な感じであります。

ダイナソーJr.『Without a Sound』のカセットテープ
「ダイナソーの顔」とはこの生き物の顔のことです。
銀杏BOYZ『DOOR』のカセットテープ
昨年の発売時、予約してなくてこちらしか買えなかった。
そのへんぬかっているのがとても自分らしい。
その後、再販で『第三次世界大戦的恋愛革命』のカセットもげっとした。ジャケとカセットのデザインが初回と違うので『DOOR』もまた買った。
結果的に『DOOR』は2本持っているのが
第2章のストーリーにつながる……かもしれない。

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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