見出し画像

「オケバトル!」 43. あの子が欲しいが、この子はいらない



43.あの子が欲しいが、この子はいらない



「勝利チームの権限を行使し、Bチームよりフルート奏者の星原淳さんを、我がチームに引き抜きたく、ここに申し入れます」

 というAチームからの連絡がスタッフを通して入ったのは、Bの面々が当のフルート本人に「脱落」という残酷な死刑宣告を、今まさに告げようとしていたところであった。
 何の罪もない有能な少年を、ライバルチームへの対抗策という身勝手な事情でつぶしてしまうには忍びないと心から同情していた者や、身内の卑劣な手段に断固として反対していた者らは、むしろ彼のゆく末にほっと胸をなで下ろす。
 逆に、意地の悪い「子殺し計画」を周到に立てていた張本人らは、Aに先を越された、計画がバレていたかと心底悔しがるのだが、ここは大人に徹して、「まあ、ガンバってくれたまえ」と、涙ぐむふりをしながら我が子をライバルチームへと温かく送り出してやる。

 そうした醜いBの裏事情は当人に知らされていなかったはずだが、陰謀の陰謀が実は展開されており、
「うちのフルート少年をAで引き取ってくれ」と、密かにAの幹部らに持ちかけていた者がいた。その上で本人には、「愛情深きゆえの子殺し」について説明も、極秘でなされていた。

 そんなわけで星原淳(すなお)は、

 一、Bが負けたら、いけにえの脱落。
 二、Bが勝利しても、あの子が欲しいがこの子はいらないルールの犠牲として脱落。
 三、勝利のAから、あわよくば抜擢される。

 もはやどうあがこうと、自分にはこの三つの道しか残されていないことを悟り、今宵の段階で既に荷物をまとめていたのだった。


 誘拐を決行したからには、さて部屋割りをどうするか? と思案するAチームの男性陣。
 幸いなことに我々からはまだ、男性の脱落者は出ていない。A専用の空き部屋は充分に余っていたが、敵のチームからのメンバーを一人にしておくことはない。こちらに都合の良いよう、じわじわと洗脳していく必要があった。

「あなた、ずっとお一人でしたよね」
 部屋割りの段階であぶれたか、初日から優雅な一人部屋を堪能していたトロンボーン奏者が、Bからやってきた少年のお目付役を押しつけられる。三十代半ばの彼は、わずかに困った様子で、
「自分の一存では決められない。番組側に確認しないと──」
 言いかけてから即座に態度を翻し、
「いやいや、大丈夫。お任せください」
 と、謎の反応を見せた上で、少年を温かく自室へと案内していった。

「どうせもう、あちらのチームにはいられなかった運命なんだし、Aで新たなキャリアを築いていこうっと」
 と開き直る、素直すぎる淳くんであったが、「引き抜いて、次の曲で落とす」という恐ろしい罠の可能性もあるとはみじんにも思わなかった。
 しかしそうした意地悪な企みは、足手まといの同僚であった「責任逃れ女」の芳村三咲が消えてくれてせいせいしていたフルート男性くらい。若いながらも凄腕のライバルが登場したことで自分の玉座が脅かされるのではないかと案じつつ、表面的には親切な先輩を装って、まずは様子をみていくことにする。
 他の連中 ── とりわけ女性陣は ── は、麗しの美少年を間近で観察できることや、その容姿に見事なまでにマッチする美フルートの音色が、我がチームに加わると思っただけでもわくわくしてしまう。
 もちろんオーケストラの中で一人のフルートの音だけが際だって目立ってはいけない。既に出来上がりつつあるAチーム独自の音に、絶妙な加減で溶け込むことによって、どれだけ魅力的な色彩感が生まれゆくか……。

 しかし、「あの子が欲しい」を実行するからには、「この子はいらない」ルールにも従わねばならない。

 負けてないのに犠牲者を出す必要に自ら迫られるAチームの中で、我が身を案じていた者が約一名。今回、〈ラ・ヴァルス〉のリハーサルで、一人波長が合わず皆の反感を買ってしまったコンサートミストレスの大西嬢であった。
 チームが勝ったのはコンミスの自分の冷静な手腕やリーダーシップと、評価してくれる者などいないことも彼女自身、分かっていた。実際、審査員の誰一人としても、コンミスがAを勝利に導いたといった感想も、指揮者なしでよく頑張ったね、といったねぎらいのひと言もなかったわけだし。
 話し合いの場で、皆が自分に注目している。
 それが、「コンミスなんだから、まとめ役として話を進めてくださいよ」、という目線なのか、「あんたが降りなさいよ」、といった意味合いを含んでいるものかは、皆目分からない。本番中に何かマズいことをしたかというと、心当たりはナシ。やはりリハーサルで皆をまとめるどころか険悪ムードを生み出してしまい、仲間の一体感に釘を刺す形になった責任を負わされる、ということなのだろう。
 根本のきっかけは、有出絃人の謎めいた指示だったというのに。理不尽な役回りではないか、と怒り心頭ながらも、ここは清く「ならば私が」と言ってみる。
「それはないですよ」、「あなたに責任はありませんよ。勝ったんですし」と、誰かが止めてくれるだろうという淡い期待は残念、空振りに終わった。
 メンバー全員に後ろめたい思いがなくもなかったが、チーム戦なのだから仕方なかろうということで片付けられる。
 仲間らは、迎え入れた新人の少年が、怯えることなく新たなチームでいかに心地よく過ごせるか、といったことに気をとられるばかりで、去りゆく彼女をそっと見送るのは、三夜を共に過ごしたルームメイトのヴィオラ女性くらいであった。そしてその彼女も寂しがるどころか、今夜からの一人部屋の自由きままな生活を思い浮かべ、うきうきと期待する始末。

 やはりオーケストラの中で生き残るには、有出絃人のように崖っぷちに立たされながらも毎回のごとく見事な活躍でチームを率いるか、山岸よしえのように過激な熱血漢でも要所要所で筋を通し、仲間を説得して勢いでまとめる役目か、あるいは絃人のルームメイト白城貴明のように何もかも無難にこなし、当たり障りなく空気のように溶け込みつつ陰ではしっかり支えている縁の下の力持ちタイプが安泰組で、実力があろうとなかろうと、トラブルメイカーには消えて頂くのが一番なのだ。
《地獄のオルフェ》のダンスが思い切り可愛かったにもかかわらず自ら去って行ったヴァイオリンの桜井さくらさんは別として、「責任逃れ女」ことフルートの芳村三咲、騒々しい双子もどきのクラリネット早苗に続いての大西嬢のお三方は、有出絃人との諍いばかりが印象に残り、彼は女性に冷たいだの厳しいだのといった評価とともに、「冷酷な拒絶男」の犠牲者として、番組を盛り上げる形としては好都合の存在となる。



 さて、またしても負けた上に、いけにえにするはずだった美少年をライバルチームに誘拐され、面目丸つぶれのBチームでは、負けの罰としての、もう一人の脱落者をどうするかでもめていた。
 Aではリハーサルを仕切った有出氏が、フランス仕込みの手腕を発揮して高評価だったことに対し、否応なしにリハを任されつつも、ただの拍子取りに徹して大した成果も出せなかった浜野亮は、自分の意識が低かったことを深く反省し、当然責任を負うべく脱落の覚悟を決めていた。
 しかし「子殺し」の案が出た時点で、全体のバランスをとる意味でも、こうなったら開き直って木管は一管編成に絞りましょう、という過激な決めごとがBチームでは既に進められていたため、亮の尊き犠牲の精神は却下される。
 うるさい双子の妹、オーボエ倉本香苗が抜け、フルートの淳くんも連れ去られたことで、一名ずつ残ったオーボエとフルートは永遠の首席として安泰のご身分。残すところはクラリネットとファゴット各二名ずつ計四名のうち、各楽器一名ずつが順繰りに抜けねばならない運命である。
 どのみち夜に脱落が確定された場合は、館を去るのは翌朝で良いことになっている。
 残った四人は皆仲良しで実力も同じくらい、世代も近く年功序列は関係ないので、今宵のゲーム大会にて、まずは今回の一名と、脱落予備軍の一名を決めることにする。チェスやポーカーなど、各々が得意不得手のジャンルで夜を徹し別れを惜しみ、泣き笑いながら命がけの夜を楽しく過ごすのだった。




44.「ヴァイオリンの名を持つ男」に続く...



♪  ♪  ♪   今回、名前が初登場の人物   ♪  ♪  ♪

♪ あの子が欲しい
星原 淳(すなお)B→Aチームへ移動の美フルート少年


★ ★ ★  今回の脱落者  ★ ★ ★

★ この子はいらない
大西嬢 Aチーム〈ラ・ヴァルス〉コンミス

★ Bチーム、一管編成に向けてのギセイ者
クラリネット女性 木管仲間の楽しきゲームで敗北




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?