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小川洋子先生の「海」を読んだからひたすら愛でていくぞ
小川洋子先生が大好きだ。
初めに読んだ作品は「博士の愛した数式」
忘れもしない中学3年生の頃、高校受験のために通っていた学習塾の本棚で見つけた本だった。なぜその本を読んでいたのかはわからなかったが、塾の待合室でのんびりと読んでいたのを覚えている。尊敬していた優しい数学の先生と、本の感想について話していた。その当時は、筆者のことは認知していなかった。
その後、成人してから再び出会うことにな
道に迷うのが趣味、人生もそうだったらいいね
知らない道を歩くのが好きだ。
歩いたこともない、前から気になっていた道。
知っているつもりの街でも、知らない道はついつい惹かれてしまう。
ふらりと気楽に道をはずれるのが楽しい。
そうやって選んだ道は、なぜかいつも新鮮さと懐かしさを感じさせた。
道は分岐していく。
選択を迫ってくる。三時のおやつに何を食べようかと、迷うような気楽さで。
子どものような楽しさで、キラキラした道をいく。
行き止まりでも
花筏にのって、流れてしまえ。
君の思い出も、私の恋心も。
河津桜を見に行った。
目的地ではなかったが、流されるように辿り着いた。
もう散り始めていて、葉桜のものあった。
葉桜は、桜餅みたいでおいしそうだなと思った。
花に誘われてきた、道ゆく人たちは、
春の陽気につられ、明るい顔をしていた。
鳥も花を散らして、愉快そうに笑っていた。
平和がこの並木道の支配者だった。
私は地面を見ていた。
椿のように、花がそのまま落ちていた
スキ好き、大好き!心に触れたい、たとえばあなたの。
昨日は記念日だった。
初めてスキをもらった記念日なのだ。
心が弾んでしまい、記事を何個も投稿した。
そうしたら、またスキをもらえた。
今朝も、起きて携帯を確認したら、またもやスキがやってきていた。
やったね。本当に、嬉しいことだ。
この記事を書いている途中にも、スキがご機嫌よく飛び込んできた。
文章を読んでくれた人、スキを伝えてくれた人、みんなありがとう。
こっそり、みんなの記事を楽しんでいます。
本棚で買える幸せ、そして春がくるらしい
やっと、やっとこさである。
ついに本棚を買った。偉業達成の瞬間である。
私の部屋は本にまみれている。
天井近くまである、一棹の本棚からは本がこぼれ落ち、着物を収納しているクローゼットの下段からも本は溢れ、窓を覆い、ついに自室から光が失われた。観葉植物は、過酷な環境に適応できず、人知れず枯れ果てた。
これが、私が過ごした冬であった。
家に引きこもっていても、春の気配は忍び寄ってくる。
いい加減、
年末の温もりと年明けの清々しさ、それと自分の機嫌の取り方について
毎日更新を志してnoteを始めたものの、早速出鼻をくじかれてしまった。
数日間もの間ネット環境から爪弾きに遭ってしまったので、年末はパソコンを開くこともなく、年が明けてやっと記事を書きはじめたわけだ。
ネット環境がないと言うのは、現代では中々味わえないことではないだろうか。
パソコンが使えない、不便さは確かにあったものの、携帯で最低限の連絡を
取ることはできたので、日常生活には問題なかった。
文章
Twitterですれ違ったあの人、或いは死ねないあなたと私
自殺してしまった、顔の見た事もない人のことが忘れられない。
Twitterですれ違っただけ、というより一方的に見ていただけの存在だけれど。
おそらく男性で、きっと同い年くらいであったであろう。
東京に住んでいたんだと思う。
もう、アカウントは消えてしまった、あの人の事が時折心に浮かんでくる。
本人の似顔絵と言っていた、友人が描いてくれたと言っていた、
あの儚げな、ネモフィラのような青が印象的な
好きな文章を標本にしたい
本を読んでいると、どきりとする一文がある。
それは、素敵なヒロインの容姿についてかもしれないし、自分の悩みから解放されるような一文かもしれない。または、少し官能的な場面という場合もあるだろう。
そういう一文に出会うと、感激してしまって、すっかりその本が好きになってしまう。惚れっぽいのだと、思う。
そういう文章を忘れないために、本に付箋を貼る。
でも、それだけではダメだという事に最近気づいた。