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Night Flight

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日常と非日常のはざま
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#エッセイ

悪魔の証明

悪魔の証明

 (心にとって)しずかなよるが、戻ってきた気がする。今日は書ける。
 そういう状態は予感めいてわかるものだ。

 おかえり

 なのか、

 ただいま

 なのか。

 こういう夜は眠るのがもったいなくて。
 そうきっと私は明日をもとめていなくて、明日を待つ夜だけがやさしい世界だと感じている。
 明るみに出なければ、なにもかもは希望のうちに終わる。幸せに暮らしました、めでたし、めでたし。
 明日な

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はんぶんの月が見ている

はんぶんの月が見ている

 昔を懐かしむ、ということは、子ども時代やほんとうに若いころのことを思い返したときに去来する感覚のことだと思っていたので、大人になっても延々と積み重なっていくものだということに気づいたとき、なんだか途方もない気持ちになったのを覚えている。

 思い返すたびセピア色の苦しさに胸を掴まれるのが若さなら、はやくそんなものを捨てて大人になりたいと思っていた。
 だから、私はこの苦しさと一生をともにしなけ

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よそゆきの

よそゆきの

 先日、木更津で法事があった。木更津は千葉とはいえ、都内からはまあまあの距離がある。
 大往生のおばあちゃんの三回忌、フォーマルじゃなくていいよと言われても、それなりにフォーマルっぽい格好を選ぶことにはなる。
 そして、こういう時のために一揃いだけ用意しているパンプス。

 就活生や会社員女性の多くが毎日履いて歩き回ることについて物議を醸している、あの、パンプスだ。

 私はたった半日でも音を上げ

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芸術は歪みから、裂け目から

芸術は歪みから、裂け目から

 金継ぎ、という技術がある。
 欠けたり、割れたりしてしまった器の、割れたところをつなぎ直し、美しい模様に変えて蘇らせる。
 日本古来のこのわざは、茶道の精神とともに長く受け継がれてきたそうだ。

 こわれたものを継ぎ、そのかたちをありのままに受け入れる。
 そんなふうに、瑕疵を継いで芸術を生み出してきた先人たちのことを思う。

 ここ一年くらいのゆるいブームなのだが、なんとなく、ゴッホが好きだ。

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昨日の亡霊、明日の幻

昨日の亡霊、明日の幻

 立ち止まること、正確には、立ち止まらざるを得ないことが増えて、これまで以上に「生きる」ということの意味について考えるようになった。

 私には動く手足があり、食べられる口と内臓があって文字が読み書きできる頭もある。満足に、とはいかないが歌える声もあるし、怒りや悲しみを御する論理も、人とくらべずにやり過ごす理性もある。

 それでもなんらかの不具合、なんらかの誤作動がおきているようで、こころとから

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今日の弱音とやるせなさと

今日の弱音とやるせなさと

 書き始めたが、とてもじゃないが今日の精神状態であの事件に触れるのは危険だと判断したため中断。
 冷静に、配慮をもって書ける気がしなかった。

 ただただ、悲しい事件も事故もおきてほしくない。ほんとうに。
 心とからだがずっと、ぎしぎしと音を立てているような、そんな一日だった。

 秋葉原から、池田小から、サリン事件から、私たちは何も学ばずにきたわけではない(サリン事件は宗教が絡むが、本質的には同

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異物感

異物感

 ルポというかただのレポだけど、一日がかりで前後編を書いた。一日かかったのは、この形式に慣れないせいで、そして実在する人の台詞を取り込むことにとても神経を使うからだ。

 そして、書き終えて、書き終えたことによって、その日一日の印象、書き終えた瞬間の私、が、よそもの、よその人、よその時代のよその世界のものになったような激しい違和感を残していることに気がついた。
 これは、違う。いつもの「note」

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ぼくたちはかなしみのままで

 不安を緩和するクスリはあっても、
 かなしみを取り去るクスリはないんだ。

 窓のカーテンのすそから差し込む光をぼうっと眺めながら、ふと、そんなことを思った。

 喪ってしまったものは二度と戻らないし、また喪うことを想像すると明日を生きることすら怖くなる。

 ニュースは非情にも、すでに起きてしまったことを伝える。
 そんなことが、もう起きてしまって、ことはすんでしまったのだと。
 だれかが泣く

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イヤホンがエレベーターの扉のすき間に吸い込まれていったとき、えもいわれぬ悲しさがよぎったのです。

イヤホンがエレベーターの扉のすき間に吸い込まれていったとき、えもいわれぬ悲しさがよぎったのです。

それは一瞬のできごとで、
かちゃりぱたりと音がしたかと思うと、それはエレベーターの内扉と外扉のすきまの深い溝の、もう手を差し入れても届かないくらいのところに引っかかっていました。
何を落としたのか認識できずに覗き込んでみたら、暗い空間の上の方に、かろうじて特徴的なジャックと、白いコードが見えました。
私が確認するのを見届けるみたいに、一瞬の対峙はあえなく解かれ、どこへともなくしゅるりと吸い込まれて

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ぼくらはなにかに成っていく。

ぼくらはなにかに成っていく。

時間をかけて、すこしずつ。

なにものでもない、真っ白でまっさらな状態に生まれ落ちて以来、一秒ごとに実体を肥大させ、鋳型を変え、支柱にむかってつるを伸ばし。
無心に求め、進み、爪先立って手をさし出して。

なにものかに、成っていく。

「将来、何になりたいですか?」

子どもの頃、節目節目で幾度となくされた質問。今は訊かれることもなくなった。既に「何かに成っている」年代、ということなのだろう。

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非日常の中の日常

非日常の中の日常

その耳元に重厚なハーモニーがまっすぐのびていると気づいたのはいつのことだったか。

夜の空気にはホワイトノイズが混じっている、と思っていたそれは、どうやら中音域から可聴領域を超えるあたりまで余すことなくブリリアントな、耳鳴りだったらしい。
蝉の鳴く声、と喩えられるのを、そういえば聞いたことがある。

蝉の声は倍音豊かだ。ひとりでも何個体も存在するかのようにみずから共振し増幅して、夏を焼き付けていく

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ゾウリムシ

ゾウリムシ

昭和の未解決事件、という文字列や画像を見た時に視界をこえて絡まってくるあの感じをどこで体験したのやら、
私の幼少期の片田舎のさらに田舎にはその香りがおそらく平成一桁いっぱいくらいまでは残っていて、だから私のふるさとは昭和なのだと思う。

なんだか自分でもよくわからないのだけど、6歳か7歳くらいで自分はもしかしたら死ぬはずだったんじゃないだろうか、と、唐突に思いついた。

この帰結はわりとしっくりく

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