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小説

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#超短編小説

SS『山は秘密基地』

SS『山は秘密基地』

あたかも入ってくださいかと言っているような木の間を通り抜ける。そこだけは草も生えずただ土がむき出しに、人を誘う。

誰もが自分だけの秘密基地だと思っていた場所は、さすがに荒れ果て自然の占領場となっていた。

もういいよ。

声が聞こえる。それはきっと麓の神社で遊ぶ子供たちの声。立ち止まり、耳をすませばたくさんの音で溢れている。木がぶつかる。草が揺れる。笑い声。飛行機の通過。なにかの唸り、そして、心

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SS『26日まであと5分』

SS『26日まであと5分』

 仕事はまだ終わらない。今日で何連勤だろうか、なんて疑問はできるだけ持たないようにする。有線ではクリスマスソングしか流れてないのに、クリスマスである実感が無くなって何年経っただろう。
 年末の忙しさに何故クリスマスという行事が盛り上がるせいで、こんなにもやりたくないことをやらされる。
 閉店作業を終えて、寒いだけの街に戻る。都会はきっとイルミネーションでクリスマスを感じるのだろうけれど、僕が生きる

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SS『空を飛べ』

SS『空を飛べ』

君は何も分かってない。

望は最後にそう言った。チクチクとした心をそっと怒りで包んで、泣きそうな自分を隠した彼女は、いつものお店でコーヒーを一杯買った。それはいつもより苦く感じたらしく、零して白いブラウスが汚れ舌打ちをしていた。

同時刻、碧は温泉に入っていた。日頃はシャワーで済ますから、熱いものに包まれること自体が新鮮であった。顔が赤くなり、緩く、何も考えていないようだった。サウナに入って、どこ

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SS『彼岸花の秘密』

SS『彼岸花の秘密』

みなさんご存知の通り、彼岸花の時期がやってきました。なので、今日は彼岸花の使い方を教えようと思います。

さて、さすがに君たちが一切の知識がない、とは思ってないのですが、改めて1からお伝えしようと思っています。よろしいですか?

みんなのお父さんお母さんもこの時期は人間の国に3日間ほど滞在しています。

お分かりの通り、彼岸花はあっちの世界との通路なのです。使い方は簡単。それぞれ割り当てられた彼岸

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SS『夜闇の影』

SS『夜闇の影』

西日はまだ眩しくて、僕はただ一人でそこに立つのは避けたかった。そそくさと逃げるように少しだけ薄くなった影の中に入る。

八月の中盤に雨が降り続いた時、その寒さに夏の終わりを感じて寂しくなった。

終わられたら困るよ、僕はまだ何も出来ていない。

どうしようも無い夏の孤独感は、冬を感じることでより濃くなった。だけど、夏という季語を使えなくなった日々にまたあの暑さが舞い戻ってきた。暴力的な日差しは、僕

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SS『もう少しだけ青い』

SS『もう少しだけ青い』

大きな交差点で私は立ち尽くしたくなった。車窓から見えたその交差点は六叉路で、横断歩道なんてなかった。ただ、車が行き交う上を幾つもの歩道橋があるだけ。

日頃から、私はなんてちっぽけな存在なんだろうと思っているけれど、夕焼けが赤く染っていたら綺麗だと思うし、海を見ると広いなぁと思うのだから何も考えていないも同然だった。

ものとして運ばれる通勤快速は、私の一部となり得るだろう。地球の足の指の間みたい

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SS『迷惑行為は御遠慮ください』

SS『迷惑行為は御遠慮ください』

同じ形の同じ色の一軒家が並ぶ場所。彼らのアイデンティティはどこにあるのだろう。いつも気になるのは、自分の家を説明する時どうやって表現するのだろうということ。
同じ家がいっぱいあるところの3つ目?
今家主が全員出てきたら、同じ顔してたりしないかな。そうすれば怪談になるのに。
電車から見る世界は楽しい。
まるでジオラマみたいに作り物で、確かすぎて不確かになる空間が永遠と続くよう。あちらとこちらでは温度

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SS『頭にあたるつり輪』

SS『頭にあたるつり輪』

組章が光ると、笑いが漏れた。楽観的なのは僕の悪い所だ。実害はないし、生きていく分にはなんの障害もない。
カラッと笑うところが好きだって言ってくれる人も多い。先生にはもっと真剣に考えろと言われるけど、深刻になってる同期を見ると馬鹿だなぁと思う。まあそれも愛おしいけども、自分にはあんな苦しみを課したくない。
世界はなるようにしかならない。
通天閣が見えそうな駅で遅延していることに苛立つのは無意味だ。ま

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掌編『原稿用紙に汗』

掌編『原稿用紙に汗』

【大学入試の没作品】
『高校生の自分から遠くにいるきょうだいへの手紙』というお題の元書いた作品がこちらです。実際に提出したのはこれじゃなくて、同じ設定に近いけど視点を変えたもの。そちらの原稿が出てこなかったので、まずこれだけを投稿します。

18歳に未だなれていない夏、僕は原稿用紙に向かっていた。高校の受験はとても寒かった。今はどうだろう。クーラーが効きすぎて長袖のメッシュ生地では少し肌寒い。窓の

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SS『止まらず回らず』

SS『止まらず回らず』

「こんなこと、一年、328日毎日やるなんてなぁ」
僕は、お風呂掃除をしながらボソッと漏らした。
「……328日?毎日?」
1年って、328日だったっけ。
あれ、なんか違う気がする。
「ねぇ、1年って何日だっけ?」
水を流し終えて、美紀の元へ直行する。だらけきった体勢で、「は?アホちゃう、328日でしょ、どうした?急にボケたん?」と続けて罵倒をする。
アホちゃうし。
アホちゃうけども、328日という

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SS『君の場所は』

SS『君の場所は』

【#ほぼ1ヶ月強化お題】
8月1日
1週目【幼馴染】×水曜日【海の家】

夕立が降る海岸を歩く。あの頃は、燃えるように熱かった砂浜も今はもう私の足を沈みませるだけだった。どうしてだか、真夏だと言うのに人がいないのだ。
君は今もこの海のどこかで揺蕩っているのだろうか。君とはずっと一緒だった。居場所は互いだけが知っていた。けれど、もう私には君がどこにいるのかが分からないんだ。もう私の手の届かない場所

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短編『なつかしのトマト』

短編『なつかしのトマト』

【2018年月間強化お題】
幼馴染x『なつかしのトマト』

登坂マトは爽やかな笑顔を振りまく明るい少女だった。真っ赤なワンピースから伸びる腕と足は細くてとても綺麗だ。私とマトは小学生の時から仲良しだった。けれど、小学生の時から高校生になるまで、一度も同じクラスにはなったことは無い。
ある日の日曜日、私は冒険に出た。家の周りを歩き、自分が知らないものを探し回った。もうすぐ日が暮れる時、私は街が一

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SS『青に浮かぶ』

SS『青に浮かぶ』

【強化お題】
2018年7月1日 『七夕』
日曜日 書き出し1文「子供の頃、どうしてだか入道雲が怖かった。」

子供の頃、どうしてだか入道雲が怖かった。そのときは、理由もなく何故かひたすら怖かった。だから、夏は嫌いで梅雨が開けるのが嫌だった。
小学校の行事で、毎年七夕の日は大きな笹にみんながお願いごとの短冊をつけて、運動場に飾った。とはいっても、まだ梅雨も明けていな
い七月七日。いつも雨が降ってい

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SS『窓の外の』

SS『窓の外の』

目的地に進む電車の中から外を見た。すぐ横に山がある。木、木、木⋯。そのなかに、小さな鳥居とお社が見えた。
一瞬の時間だったのに非常に心が引かれ、不気味に思うと同時に美しいと感じた。
森の中の道を歩いている。どこかは分からない。けれど怖くない。人はいないし、近くに家があるとは思えない。自分が歩いている道はしっかりと舗装されている。立ち止まることはせ
ず、この道を進む。
すると少し開け、小さな鳥

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