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短編『なつかしのトマト』

【2018年月間強化お題】
幼馴染x『なつかしのトマト』

登坂マトは爽やかな笑顔を振りまく明るい少女だった。真っ赤なワンピースから伸びる腕と足は細くてとても綺麗だ。私とマトは小学生の時から仲良しだった。けれど、小学生の時から高校生になるまで、一度も同じクラスにはなったことは無い。
ある日の日曜日、私は冒険に出た。家の周りを歩き、自分が知らないものを探し回った。もうすぐ日が暮れる時、私は街が一望出来る高
台にたどり着いた。夕日が街を赤く照らす。そんな場所にマトは居た。隣のクラスの女の子。それぐらいの認識だった彼女が夕日に染まり、とても美しく目を奪った。恋愛感情かはわからないが、これが一目惚れと言うやつだ、そう思った。
それから私達は話すようになった。
高校二年、夏休みの二日目、その日もマトといつもの高台で話をしていた。
「私ね」
座っていた石から飛びをおりて言った。
「今週中に死のうと思うの」
そんな言葉と裏腹にマトはいつもの笑顔を私に向ける。
「ほら、うちのお父さんの会社がやばいじゃん?それでお母さんもお父さんも苦しそうで、でも私は二人ともが大好きなんだ。お父さんに
は今の仕事を成功させて欲しい。でね、保険が自殺でもね降りるんだ」
マトの言葉を飲み込めずにいる私は、ただ見つめていた。マトの親の会社が傾いているのを私も知っていた。だからと言って、そこまで追い詰められているとは思っていなかった。なにも、マトが命を捨てなくたっていいだろう。
「私はこの時のために生まれてきたんたと思うの。だからね、あとは頼んだよ」
私は何を頼まれたのだろう。分からないがマトの顔を見ると頷くしかなかった。
私には、マトを止めることが出来ない。表情は晴れやかで、決して揺らぐことの無い信念を感じた。もちろんマトに死んで欲しくなんかない。大好きで大切な存在に違いない。だけど、だからこそ、マトの意志を、決意を尊重したいと思ってしまうんだ。
それから一週間。私達は普通に遊んでいた。マトは今まで通り楽しそうに笑っていた。どうして、そうやって笑っていられるのだろうか。実は全て嘘で死になんてしないんじゃないか。私の反応を楽しみたかったんじゃないか。それならいい。どれだけ笑われてたっていい。
「マト、その真っ赤なワンピース似合ってるね」
そう声をかけた。マトは「そう?」と嬉しそうにクルクルと回ってスカートを翻す。永遠に続くように思えた。
「じゃあ、最期の日はこの服着ていようかなぁ」
最期。体が凍りついた。
「ねぇ、マト。マトは死ぬの怖くないの?」
声が震えているのがわかる。
「そうねぇ、むしろ今までで一番穏やかかも」
私はもう手を伸ばしてもマトには届かないのかもしれない。いつのまにか、マトは私の隣からいなくなり、ずっと前を歩いていた。いや、そもそもここの高台で初めて出会った時から隣になんかいなかったんだ。私だけがマトを愛していたんだろう。
「ああ、でも、お別れは寂しいかなあ⋯いつまでも話していたいって思っちゃうもんね」
はにかんでいた顔を引き締めて、マトが言う。
「でも、だから、あなたに私の最期の日を頼むの」
次の日の夕方、ポストに手紙が届いた。消印はない。直接ポストに投函したようだ。マトからだ。ゆっくり、手紙を開ける。
「巻き込んで本当にごめんね。大事な役を受け入れてくれてありがとう。ずっと仲良くしてくれて、私の事を大好きだと思ってくれてるのがいつも伝わってきた。本当に嬉しかったよ。私もずっと大好きだよ。いつもの場所にいるね。よろしくお願いします。マト」
震える手を抑え、着替えて自転車に乗る。通い慣れた坂を全力で登る。坂が長く感じたり、時間が止まったように思えたりはしない。ただ、ひと踏みひと踏み、進むだけだ。さあ、親友の頼みを全うしなければ。
高台が眼前に現れる。焦らないように心を静め一歩一歩踏みしめる。取り乱すのは、マトには似合わないから。喉の奥が痛くなるのを必死でこらえる。
登りきって、目の前が開ける。いつもの椅子。いつも通り青すぎる木々。その中に私の褒めた真っ赤なワンピース。それらを夕日がよりいっそう赤く染める。その横顔は美しい。いつの間にか、その顔に手を添えていた。こんなにも美しい人がいるのだな。あの時の感情が蘇る。そして、やっとわかった。私は、マトに恋をしていた。
少しだけ背伸びをして、マトの唇に自分の唇をあわせる。
冷たかった。けれど、この世の何よりも柔らかく、優しかった。
「おまたせ」
マトの指示通り私は動いた。冷静に、失敗しないように。愛する人の最後の頼みを遂行した。あの日を忘れることは無い。
私の生涯、愛したのは君だけだった。そして、もうすぐ私も君の場所に行く。また君を待たせてしまった。いつだって君は先に行ってしまう。私は、ゆっくり君を歩いて追いかける。君が見れなかったものを私が見て、私が見れなかったものを君が見る。私をあの笑顔で迎えてくれるかな。
目を閉じる。そこには真っ赤なワンピースを着たマトが見えた。

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