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掌編『原稿用紙に汗』

【大学入試の没作品】
『高校生の自分から遠くにいるきょうだいへの手紙』というお題の元書いた作品がこちらです。実際に提出したのはこれじゃなくて、同じ設定に近いけど視点を変えたもの。そちらの原稿が出てこなかったので、まずこれだけを投稿します。

18歳に未だなれていない夏、僕は原稿用紙に向かっていた。高校の受験はとても寒かった。今はどうだろう。クーラーが効きすぎて長袖のメッシュ生地では少し肌寒い。窓の向こうにはミミズが乾涸びるほどの道路があるというのに。
兄のことを思い浮かべる。姉のことを考えてみる。当然のごとく、僕の脳裏には適切な人の顔が掠めることなどない。僕は一人っ子だ。
困ったことになった。友達もいないのにどうすれば。
そんな時、何故か祖母の顔がよぎる。一瞬にして体に違和感を覚えた。なにか大事なことを忘れているのではないか。
ほかの受験生は着実にペンを走らせている。気持ちばかりが焦るだけで、僕は何も書くことが出来ない。
もしかして、僕には家族がいたのではないか。
その問いに答えるように古い記憶の1枚が見えた。一度しか訪ねたことのない母方の祖母の家。緑に覆われた拳ぐらいの石とアイスの棒に書かれた文字。岸田友美の水子。
母のことはよく知らない。5歳の頃に離婚していなくなってしまった。父からも話を聞くことがなかったので触れずにいた。
僕にきょうだいが居たのか。口の力が抜けて閉じなくなった。
何があったのだろう。僕は知らずに供養をすることもなかった。その子は今どうしているのだろう。まだ賽の河原で石を積んでいるのだろうか。名前は? そもそも性別は?
僕はシャープペンシルを持ち、原稿に書き込む。
『拝啓 僕の名もない家族へ』
僕は、あなたの存在に気づかずにいた。だからこそ、あなたに名前を捧げる。
雀さんへ。

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