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思考整理の文章置き場

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日記ではない長文のエッセイや、もぐら会「書くことコース」の原稿などをまとめています。
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#考えたこと

それは風が強く吹く2月の、取るに足らない出来事だった

それは風が強く吹く2月の、取るに足らない出来事だった

別れを告げたのは、風が一段と強い日だった。

外の景色に鳴りひびくのは、大きなくじらの唸り声と、甲高い鳴き声のよう。だれにも制御できないその生き物は、ふいに海面から空中へとゆったり水しぶきをあげて飛び上がったようだ。木の葉が散って遠く向こうへ散らばる。空き缶は、コロンコロンと転がっていく。蔓の葉のからまる柵はいっせいに波を打つ。干しっぱなしの洗濯物はまるでおおぜいの注目を集めたいかのように旗を振っ

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見て見ぬふりはもういらない。誰かのために、ではなく、自分のために。

見て見ぬふりはもういらない。誰かのために、ではなく、自分のために。

パリの9区にある小さな劇場を囲ったアパルトマンで暮らしていた頃、門の左手にはギリシャ料理店があり、沿道にはウッドデッキ調の木材の枠組みではみ出すようにテラス席が設けられていた。その空間は新型コロナウィルスの影響で店内での営業が困難になり、テラス席であれば営業が可能だった時期の名残でもある。
現在フランスでは、全面的にレストランの営業が停止しているので、お店のオーナーや従業員が軽く打ち合わせをしたり

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気分転換のための引っ越しと、理想の居場所を求めることと。

気分転換のための引っ越しと、理想の居場所を求めることと。

自分の居場所を決めるひとは、いったい誰なのか。

心底望んだ場所にいる、と思えるひとは、この世の中にどのくらいいるのだろうか。必要に迫られてそこに暮らすひと。妥協し好きでもない街に滞在するひと。配偶者や家族の都合で、決定に関与することなく日々を送るひと。あるいは治安や安全上の理由から移動を余儀なくされたひと。はたまた居場所なんてどこでもよいと、無関心なひと。

ひとつの地点からもうひとつ別の地点に

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近くにいれば漠然、離れれば輪郭が浮かび上がる。印象派の魔法、モリゾの絵。

近くにいれば漠然、離れれば輪郭が浮かび上がる。印象派の魔法、モリゾの絵。

フランスに来てから「いろんなことがありすぎて」と各方面に言っている。例えば詐欺まがいのトラブルに巻き込まれたり、コロナウィルスの感染者は1日5万人を超えたり、人生で初めて経験する出来事があったり、外出制限が発令されたり、3年前の思い出の延長線をなぞったり。具体的に「いろんなこと」とは一体何なのか、noteでも日記でもいいからどこかできちんと整理をしたい。いったい何に悩んで何に困って、何に苦しんでい

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心のなかにある切実さと向き合う。もぐら会に入って1年が経ちました。

心のなかにある切実さと向き合う。もぐら会に入って1年が経ちました。

紫原明子さんが主催するサロン「もぐら会」に入って1年が経ちました。2019年6月の開催当初から参加していたひとりとして、ひとつの区切りでもあることからこの1年間で自身がどのように変化したか、何が起こったかなどを振り返ってみようと思います。

そもそも、「もぐら会」とはなにか。もぐら会は2019年6月に開始した約100名規模のオフラインサロンで、他者との会話を通して、自分と世界とを"自分自身で"掘り

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『夜と霧』 "生きる意味を問う"意味についての結論とは。

『夜と霧』 "生きる意味を問う"意味についての結論とは。

ヴィクトール・E・フランクル著の「夜と霧」を読む。もぐら会の参加者が勧めていたもので、この本の前に心理士のエッセイを読んでいたから連続して読むと相乗効果がありそうだと、手に取った。

が、作品の中で書かれた現実はあまりにも深刻すぎて、わたしが想像するだけでは事実に到底及ばない。まったく補えない。苦しい、そして息がつまる。ただ心理学者がこのテキストを書いていることから、文章はどこか客観的でもある。そ

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足を踏まれた人の痛みは、踏まれた人にしかわからないのか論

足を踏まれた人の痛みは、踏まれた人にしかわからないのか論

ぐうの音もでない、それを言うと何も反論できない、という言葉がある。水戸黄門の印籠のようにかざせば他者の言葉を封じることはできるが、残念ながらその後に与える心象は最悪だ。吐き出された相手には、「ああ、こういうことを言う人なんだ」「断絶をしたいんだな」とネガティブに受け取られてしまう可能性がある、それほど強い言葉。

「足を踏まれた人の痛みは、踏まれた人にしかわからない」。

大学時代、学んでいた社会

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書くことについて。ゆたかな言葉の海に飛び込んだ、その覚悟だけが残る。

書くことについて。ゆたかな言葉の海に飛び込んだ、その覚悟だけが残る。

前回の日記更新から懸念を抱えていた、滞在先の住居さがし。いまも全く見つかっていない。8月末の時点でどこに住んでいるかわからないという不安定状況。ただ、期限だけが迫りくる感覚はなつかしくて、どこか嬉しさもはらんでいる。紐解けば2017年8月、フランスに戻ることは決めたけれどそれ以降の覚悟はなにひとつなかったときのこと。ただ「スペインの大地を歩くか、歩かないか」その質問が眼前にあった。結局歩き始める前

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異国への愛着のわけを探す、途中経過。

異国への愛着のわけを探す、途中経過。

いつか昔の、深夜のテレビ番組で放送された女性の話が印象的で、いまでも内容を覚えている。

幼少期から使っていたタオルを彼女はとにかく気に入っていて、20年以上経過して大人になっても眠るときにそれを枕元に置いているという。実際、そのタオルは茶色くぼろぼろとした端切れとなっているのだが、彼女にとってはお守りのように大事にして幾千もの夜を共に過ごしてきたもの。容易には捨てられず、洗濯して綺麗にしておくこ

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