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『満ち欠けワンダーランド』13.満月と。


「あの遊園地は自分達が変わるきっかけだった」
と、いつか笑いながら話す日が訪れるかも知れない。
 不採用ばかりという現実に打ちのめされて前回は挫折した活動に取り組み、この先に待つ結果を恐れる。とはいえ、それも過程であり、旅は続いて、ゴールがスタート、結局のところ俺は世界を広げる今が楽しかった。

アーリーは見た目怖いけど優しいよね!笑顔かわいい』『ぼそぼそ喋るの、気をつけて』『猫背がなー。ストレッチしよ』
 第一印象について友人らの声を聞き、鏡の前で百面相する。うっかり父に見られてしまい、恥ずかしさで叫びたくなった。

「表情作りか? お前に過度な理想を押し付けて済まない、あいつはこっちに任せろ。何とか夫婦関係を修復させてみせる」
 彼の頼もしい台詞で慕われる理由を思い知り、浮ついた気持ちが落ち着く。
「うん。自分が決めたことだから。離れる時は感謝して、出て行くね」

 じわじわと呪縛は解けていき、無理に役をこなさない、偶々スポットライトが当たっただけだが、舞台に上がる。
「あ、そういえば。満月」
 途中で閃くも時間帯により、雲が多かった。


【 】


 私には消せない記憶がある。

 定規を使って等間隔に線を引き、そこに鉛筆で文字を書いて、丁寧にボールペンでなぞった。
「下書きの跡が残ってんだよ」
 くしゃくしゃに丸めて捨てられたなら。
 認められたり許される為に何をしても満たされず、惰性で生きて酒を呷る。

 アルバイト先の新しい店長が既婚、は兎も角、同い年で
「みんなに当て嵌まるでしょ?」
などと言った占いの更新をこちらは楽しみにしていた。口籠もり、インクが滲んでいく。
 恋愛面はどうでもいいが、再会を果たした彼らと仲良くできるだろうか。

 〈〆切が迫って徹夜で余裕を失い、挙げ句に筆を投げる〉。ベタな一コマ、悲劇のヒロインにしかなれなかった。
 あれから手帳の余白に日記をつけ始める(感情のみで埋めてしまうと後に落ち込みやすく、自分に合う方を選んだつもり)。

 毎日が面白い訳ではないけれども〈人の顔と名前を覚えていられること〉に気付けた。転々とした10年を、受け入れる。
「こむぎさん、お疲れ」
 今夜は早番で退勤、ところが生憎の曇り空で隠れんぼ、ついでに散歩しようかな。


【 】


『会いたい』
 メッセージが送られてきて察した。僕と別れてすぐに別の男と交際、上手くいかなければよりを戻す? 躊躇なくブロック、というか今まで何故か良心が痛んでなかなか踏み切れなかった。
 玄関の扉を開けるも、キーケースすら例の元恋人にプレゼントされたものですっかり参る。

 こういった時はテーブルの上で指を動かして数曲弾く(イメージ)、やっと気が紛れる。
「僕のこと好きで結婚したいんだよね? じゃあ、そいつとの連絡やめて」
 〈本〉当の〈音〉色、以前は何もかも流されて、彼女に不満を持っても話し合わなかった。自分より相手を優先、故に復縁も容易いと思われて、寂しがれば温もりをくれる。

 だが、過去の話であり
「オッくんは(都合の)いい人」
から卒業した。

 意外とそうでなくても積み重ねた日々のおかげか嫌われずにいる。姉の、二の舞を演じてはならない、常に家族の存在が重く伸し掛かった。そろそろ自分の人生を奏でる。
 忘れかけた頃にカーテンを捲ると、一際明るく迎えられた。天体観測の思い出、程よい距離感、僕らは同じ月を眺めて、愛でる。


【 】


 何も本日が特別ではなく毎晩、姿を消しても現れ、ゲームの中でさえ黄金色に輝く。誰かが立ち止まるうちに車を走らせた。
 どうも食欲不振、「シャワーを浴びて一刻も早く寝る」が俺のミッション、にも拘らず、駐車場前で話し好きなご近所さんにつかまる。
「こんばんは。やっぱり綺麗ですね、中秋の名月」
 どのように答えたかは記憶に残っていない、しかし、あまりにも眩く、完璧な形があった。

……
…………やり切って、いつの間にか眠り込んでおり、夜が更けて不思議な感覚に陥る。ワープしたようだった。何はともあれ無事で、枕元のスマートフォンに触れて時刻や通知を確認、グループチャットルームは俺の不在で盛り上がる。
『珍しく静か』『体調悪いのかなあ』『ゾノって太陽みたい』『暑苦しいし?』
 うるせえな。寝返りを打って、耳にひんやりとした物が当たり、反射的に飛び起きた。

 正体は国内旅行のガイドブックだった(但し、最後に一家揃って出掛けた年の)。
 色褪せた表紙、古い情報、ポップな付箋だらけ、薄汚れた旅のしおり、年始に実家の本棚で見つけて、こっそり持ち帰る。
 昨晩、読み返したまま片付けずにいた。

 弟には妻と子がいて、妹は就職、県外に住む自分、元々、個性豊か(勝手)な三兄弟の現在は交流なし。
 「久しぶりに全員でどこかへ行こう」、メンバーが増えたら幸せ、両親の喜ぶ顔も見られる。長らく言えなくて、レベルアップと共に解放された。

『ありがとう にぎやかになるね、と母さんもすごく嬉しそうだ ぜひ連れていってくれ』
 父親からの返信を、深く、心に刻み込む。


 欠けてもまた満ちる。逆も然り。
 ワンダーランドで彼らの〈物語〉は続く。
 次の主人公はあなた、ようこそ。



★エンドマークはつけません。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

(きみと、ぼくは、おなじ、ちがう
よい、わるい、すき、きらい、きれい、きたない
だけどそれで、だからこれが。)




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