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KILLING ME SOFTLY【小説】168_ちょっと待ってプレイバック

2020年2月28日の金曜
掛け持ちのアルバイトを退職して、念願が叶った〈映画館の早朝清掃〉業では特に詮索されず見送られる。その後、電車に乗り次の職場に向かうと、問題は明白だが、朝礼で私の今後について初めて聞いたらしい伊東が社長に食って掛かった。

さておき、一方的に距離を縮め、善意を履き違え正義を気取るよりによって顔の周りを飛ぶ虫のように張り付いた女とようやくお別れだと胸を撫で下ろす。


ところが、こちらが休憩を取れば彼女は即座に擦り寄る。
「なんで辞めちゃうの?やっぱ夏輝のせい?
また、夏輝。伊東の執着振りは最早アンチではなくファンに近いものを感じた。
「引っ越すんです。」
「ふーん?もうアイツに人生狂わされたくないよね。」
自らも複数人、追い詰めた事実を棚に上げ、私の隣に腰掛ける。呆れ果て、即席カップ麺に湯を注ぐついでに彼女から離れた。


「仲良くなれたのにお終いとか寂しいなあ。ね、連絡先交換しない?」
はあ?
あと5分待てばご飯、耐えろ、堪えろ……。
唇を噛み締めて自分に言い聞かせる。
「莉里ちゃん、返事は?」
突如としてファーストネームで呼ばれ、鳥肌が立った。


「ごめんなさい。グループチャットも抜けるので。」
「遊ばない?うちの子かわいいよ?」
生憎、移住先が遠く子供は兎も角、あなたとは〈一切会いたくない〉。とはいえ大人の対応とやらで笑顔を取り繕って適当に遇らい、箸を手に持つと伊東が再び口を開く。


「はっ、ただのいい子ぶりっこ。あー分かったわ、夏輝がムカついたのこれね。見た目だけじゃん、つまんない女。」
耳を疑ったが、ついに彼女の本性が現れたのだろう。いつぞやの千暁が届けたメッセージが一瞬頭を過ぎる。
ええ。それのどこが悪いんですか?


にこやかに切り返す。
せっかくの攻撃が効かなかった伊東が感情を露わにした。
「アンタが●●で働いてたってネットに晒してやる!」
「ご自由にどうぞ、伊東さんの身元や過去のいじめも一緒にバレそうですけど。」
舌打ちし大袈裟な物音を立て、休憩室を飛び出すという滑稽さ、とことん〈可哀想な人〉だ。



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