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弦が切れたその後に@2nd.オ ル タ ナ テ ィ ヴ


もっともらしい理由だが、実際は大量のラブレターやプレゼントを所属事務所に送り付けたり、幾度も無言電話を掛け、勿論これらの被害に遭ったと(ユラノの件を含め)相談・対処して、ストーカーに悩まされた挙げ句の果てに、ベースが弾けなくなったのだ。
「不調の為にトキワのみ当面、活動休止にしよう。」
満場一致で、何より嬉しかった。


酒を呷り、自宅以外のベッドに横たわって、ファンから寄せられた応援のコメントに目を通す、いつものこと、手が震えてスマートフォンを床に落とし、画面にはヒビが入る。
俺の行く末か。脳裏を掠めて鳥肌が立った。
必ず戻ってみせる、仲間に固く誓い、念願の公演に向け、努力を重ねる。


それが最後になると薄々感じても、認めたくなかった。


「あのさあ、もう、ダメ、かも知れんわ。」
慟哭しながら本音を伝えれば、メンバー全員に抱き締められ、悲痛な叫びが響き渡る。
当日は何とかやり切って、或るバンドのベーシストが表舞台を降りた。
残された彼らは後輩にサポートを頼み、〈トキワの代わりは要らない〉筈だった。
年月が経ち、正式加入を発表、を朝のニュース番組にて聞き、記憶が甦る。


第二の人生はまだ早い?
完全に音楽業界を去り、放浪の旅とやらに出てから地方の小さなリサイクルショップでマスクをつけて密かに働き、ようやく平穏無事に過ごすことができた。
最初は楽器を見ると後悔の念に苛まれたが、今では心を動かさない。
華麗な転身とは程遠くても、安定を得る。

「お忙しいところ失礼します。ほ、本日15時より、アルバイトの面接に参りました、羽柴(ハシバ)と申します。」
業務中に話し掛けられ、挨拶されて振り向いた。堅苦しい口調と緊張感に満ちた表情、明るい髪色に合わせた太眉やカラーコンタクト、〈服装自由〉といってもファンシーなヴィンテージのワンピースを選ぶ、いかにもわがままそうな雰囲気が漂い(因みに担当者は俺だ)、履歴書を読むまでもなく不採用の文字が頭に浮かび、作り笑いで雑多なバックヤードに案内する。


彼女はこちらとは年齢が一回り違う、大学生。近隣に住んでおり、求人の張り紙が目に入った。
やはり今時の女の子、という印象を受ける。
ここの従業員は片手で数えられる上に遠慮がちな性格ばかり、従って職場に溶け込めないだろう。加えて趣味がライブ、は俺にとって危険、早めに済ませるべく頷きつつ聞き流した。
されど、羽柴が急に自己PRを始める。
「隠れた宝物を探す、素敵だと思ったんです。たくさん眠っていて誰かがきっと巡り合う、私は、その、お手伝いが、出来たらいいなと。」
等身大の言葉遣いこそ偽らざる気持ち、頬を打たれて、同時に共感を覚えた。


他の応募者と面接を行うも、羽柴よりインパクトが強いような人間はおらず、仕方無しに採用を決める。おはようございますの初日から全身真っ白な装い、驚き呆れて、ただでさえ消極的なのにやる気が失せた。
「お洒落しても汚れるし、多分レース引っかかって破れちゃうんで、せめてバイトはシンプルな格好で来てくれる?」
「古着じゃなくてfalse.の新作ですけど、アウトでしたか?すみません。」
どこのブランドであろうと関係ない、しかし長広舌を振るう彼女に付き合わされ、苛立ってつい声を張る。


「そこの彼氏、ああ、旦那?分からん、売名成功して良かったね。あいつら大っっ嫌い。バズって、天才とか言われてる、でも俺の方が、」
「えっ。」
やっちまった。
顔を覆う不織布の内側で唇を噛み締め、必死に脳味噌をフル回転させる。取り繕わなければまずい、元バンドマンだなんて、上司しか知らない、バレたら終わり、つぶやきアプリか掲示板に書き込まれて騒がれる、逃げろ。


狼狽えてしばらく口籠もると、羽柴が可愛らしく首を傾げた。
「常盤、さん……?」
「ごめん、人違い。ぶっちゃけ、よく訊かれるんだよ、目元がそっくり、や、昔ちょっと弾けただけ。そう、ネットで話題なの、なんか、羨ましくて。CDよかサブスクの時代だもんね。」
ペラペラと話して更に墓穴を掘る。彼女は意味有りげに笑った。


○×、初代ベースのトキワくんですよね。
万事休す。